First Kiss

幸坂かゆり Weblog

カテゴリ: 本と芸術

e4b02dff.jpg
大好きな作家がいる。
彼の名前は片岡義男。

海の風が香るような清々しい物語もあれば
煙草が煙ってきそうなハードボイルドもある。
どちらにしても魅力的なのは彼の書く女性。

いつもヒールの高い靴をぴん、と背筋を伸ばして履きこなし、颯爽と歩いている。
男を惑わすような女もスタイルが良くてガーターベルトなども普通に着用している。
将来、こんなふうになれたらな、と小学生だった私は思った。
今、彼が書く女性より若干年上になってしまったが、
そう上手くは行かないようで、彼の書く女性像とはほど遠い。

彼の小説の中で、とびきりセクシーな女性が出てくるお気に入りの短編がある。
「バドワイザーの8オンス罐」タイトルがもう既に素敵。
この物語はもう成人した女友達ふたりが久し振りに再会し、
飲みに出て、その先で一人だけ男を呼び、三人でドライブに出て、
女性の片方が酔っ払ってしまい、そのまま送り、
残った女性と飲み直すが、彼女も酔い潰れ、家まで送り、男も泊まる。
次の日、ふたりは起き抜けに抱き合う。
そして昨夜、酔っ払ってしまった彼女を心配し、電話をする。
女性は二日酔いで寝ていて電話で起こされるが謝った後、また眠りにつく。
これだけの話なのだが、このふたりの女性、由紀子と美保子が素晴らしい。

物語の中心になって行動を起こすのは由紀子。
積極的に男を呼び出したり、うまく甘えて最後に男と寝るのも彼女だ。
美保子は若干、内気な印象。ダンスのインストラクターでスタイル抜群。
二人とも美人で正統派の美人の美保子に対し、由紀子はファニーフェイス。
呼び出された男、柴田は正直にふたりを賞賛し、すんなりと間に収まる。

しかし、私が魅かれたのは美保子。
「男にとっては夢のような体」と美保子に言う由紀子。
当の本人は恋愛に淡白でうっとうしいなんて言う。
そして美しいけれど若干、表情に翳りがあるという所も素敵。
彼女は自分の体をうまく調節していて、季節に敏感。
雨の降る気配を全身に感じ、店内の松の木の香りを察知し、
しなやかな小動物のように躍動感たっぷりの踊りを見せる。

そんな彼女がひとりで生きていて、
ラストはショーツ1枚で二日酔いの眠りに落ちる彼女の描写のみ。
それがとてもセクシー。

物語中、実際に恋愛を始めるのは由紀子だけれど、
読み手を恋に落とすのは美保子だ。
彼女の体に対する賞賛は、完璧に男側の視線だ。
小説の中の彼女は誰とも恋をしていない。
この少し乾いたセクシーな短編を私は事あるごとに読み返している。
後味はバドワイザーのように爽やかだ。

---------------------------------------


 


6f2d4eb7.jpg


月が大好きなので月光浴をよく楽しんでいた。
別名、月見とも言う。

私が持っている四角いクリスタルに「Y」と文字が入っているものがある。
その「Y」を少し傾けると猫の絵に見える。不思議なクリスタル。
昨日、偶然月が見えていたのでかざしてみた。
とても美しく輝いてうっとりと見入った。
太陽の強い光線と違い、蝋燭のようなふんわりとした夢のような光が好きです。
自分の心の奥深くから何かが聞こえてきそうな気がする。

ジョルジュ・ドゥ・ラ・トゥールの「悔悛するマグダラのマリア」の蝋燭も印象的。
とても謎に包まれている。

聖母マリア。エジプトの娼婦だったマリア。
そして、キリストの女弟子であったマグダラのマリア。
時々、エジプトのマリアとマグダラのマリアが混同されてしまっているよう。
マグダラのマリアはキリストに献身的に仕え、彼が死ぬ最後の瞬間に一番に駆け寄る。
人間が善と悪のどちらかしかないなんて考えられない。
やはり、同一人物、と信じたい気持ちになる。

一度、肉欲を知り、堕落の生活をしていた女が信じる事を覚える。
そんな人間が魅力的に思える。このラ・トゥールのマリアは果たして誰なのだろう?
魅惑的な横顔は何も答えてはくれない。

---------------------------------------

*ジョルジュ・ドゥ・ラ・トゥール 「悔悛するマグダラのマリア」

幼い頃、聖母マリアに憧れて仕方なかった。
野原の上に立っては、マリアが見えてくれないか、
いつも確認せずにはいられないほど彼女に会いたかった。


d62ab221.jpg


以前モデルさんをしていた安珠さんが、
撮影と文章を手がけた小さな写真集を読みました。
「小太陽」と書いて「こたよう」ちゃんと読む。
タイトルにも小と太陽の間に「さな」と入っているが本当によーく見ないとわからない。
その小太陽ちゃん。表紙を見ただけでもう腰砕けになるほどキュートなのである。

写真集には、
まるく描いた文字。青空。鳥達。花々。大好きなもの。
その合い間を漂う小太陽ちゃんの姿。

獣医さんとのやり取りの所のみモノクロ。
唐突な現実感。けれどその空間は生死の場所であり、
いかに信頼しているのかがその文章から
そして小太陽ちゃんの表情から窺える。

小太陽ちゃんと出会う前は、
「暗く光がささないことも」あったという。
そして「そんなときが永遠に続く気がして怖かった」という安珠さん。
そんな恐怖を彼女は越えて来た。そして彼女は小太陽ちゃんに出会った。
一人で闇を越えた彼女は強い。
そんな彼女を支える小太陽ちゃんも強い。
見返りを期待しないひとりといっぴき。
そんな日常が切り取られている素敵な写真集です。

文庫本サイズのこの写真集は、
静寂と純粋さがきゅっと詰まったちいさな本です。
小太陽ちゃんは美しい。安珠さんの佇まいも美しい。
けれど細くて時々痛々しく感じる事もある。

その彼女をいつも帰宅して迎えてくれるのが、この小太陽ちゃんなのだ。
ひと(猫の?)の良さそうな顔をした小太陽ちゃん。
いつも安珠さんを見つめる小太陽ちゃんのビー玉のような瞳。
そして安珠さんの心も穏やかになる。
「空に輝く太陽と心をてらす小さな太陽がいてくれるのだから」
だから大丈夫、と彼女は言う。
愛しいもの。それは計れるものじゃない。比べるものじゃない。

私は個人的にこの本を見ると、
洗濯をしようとか、お風呂の入浴剤を替えてみよう、など、
生活が楽しくなることをしてみる。
そして生きることも少しだけ楽になる。

---------------------------------------



fd3671f1.jpg
田川未明さんの本をやっと手に入れた。

うう。これだから田舎ってヤツは・・・と文句のひとつも
言いたくなるくらい注文してから届くまでが長かった。
待ちに待ったこの本の表紙の人形に身震いした。

題名は「溺レルアナタ」また、ぞくりとした。
未明さんの書く女性は、どんなに動いていても静止画像のようだ。
昭和の映画を思わせる家や彼女達の佇まい。
地味とすれすれの美しいヒロインは、どこか、
異空間からやって来たように、落ち着いている。
一見、狂人のように思わせられる。

「家鳴り」の寝込んでしまった母親とその妹娘との関係。
「ニンギョヒメ」の中の“人魚姫には、なりたくない”と言いつつ、
充分、人魚姫のような美しさで人を虜にする妖しさを醸し出す祥子。
女性にまで恋慕されるなんて、恐ろしいほど魅力的だ。
「オリヒメ」での、“いそまくらの時を待つ”小夜子。
本の題名である「溺レルアナタ」の鈴。
文字通り、鈴に溺れてゆく来生が哀れでいとおしい。

彼女たちはきっとどんな暑い日でも汗をかかないだろう。
この表紙の人形のように。
ひんやりとした幻想的なこの世の人間。
未明さんの書く人物に、逢ってしまったらひとたまりもない。
それでも、一際鮮やかなモノクロの彼女から、
目を逸らせなくなってしまうだろう。
彼女はそんな人を、すい、と空洞のような瞳で見つけて、
手を差し延べるだろう。
その手をとった時、
こう言われるのだろうか。

   シカタガナイから、見ていてあげる。
   溺レル、アナタ、を。

きっとその人も、溺レル、と思う。
ひとはいつもどこかで、溺れる事を望んでいる筈だから。
溺レル、という悦楽の世界を。

---------------------------------------

*陶器のようなジュリー・デルピー。
  彼女も時々人を、ぞっとさせてくれます。

---------------------------------------

*「溺レルアナタ」/田川未明
 出版社 ブッキング
 ISBN 4835471253 2003年9月
 /1300 1365(税込)

↑このページのトップヘ