First Kiss

幸坂かゆり Weblog

カテゴリ: Essai/People

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ずっと大好きなモデル、アドリアナ・リマが20年継続していたVictoria's Secret(以下VS)のランウェイを11月で終わらせました。まず彼女の話をする前に長い前置きがあります。私自身が好んできた道からお話します(笑)

私はブログを始めてから、セクシーな女性に憧れているということに気づきました。
今までそんなこと知らなかったのですが、PCを2002年に購入し、大澤(誉志幸)さんを筆頭に色んなサイトを見ていると、まー!出てくる出てくる美女軍団!(笑)そういえば、と思い出したのは、PCがなかった頃から私は雑誌で見ていたスーパーモデルと呼ばれる女性たちが大好きで、彼女たちを撮影していたピーター・リンドバーグなどの写真集が欲しくてすぐにPCにて探しました。

90年代、クリスティ・ターリントンの清涼感を失わないエロティシズムや、挑発的でありながらどこか遠慮が見え隠れしたクラウディア・シファー、かと思えば自らの家を撮影場所に提供して、ドレスのままシャワーを浴びるという大胆な撮影をしてしまう小悪魔のようなカーラ・ブルーニ(ニコラ・サルコジ仏大統領夫人)他にもたくさん大好きなモデルさんがいた。ある日、雑誌を読んでいると海外で下着のショーが開かれると話題になっていた。そこでVSというランジェリーカタログを知ったのでした。その頃はステファニー・セイモアがどのページにも載り、細い体ながらとても挑発的で美しかった。そこから私は海外からこのカタログを取り寄せるようになりました。間もなく、とても若いレティシア・カスタがページの端に載ったのですが、無造作な金髪とグラマラスな肢体、この上ない美しさは端だろうが目を惹き、あっという間に表紙を飾るようになりました。ほんと、あっという間だった。

そして運命の出会いがあったのです。
私はまだ紙媒体でしか彼女たちを見たことがなかったのですが、PCではVSのファッションショーを動画で閲覧できました。そこで、驚くほど挑発的な瞳を持ち、豹が人間になったのではと思うほどの、しなやかな細さと手足の長さを持つひとりのモデルさんに出会いました。ここまで長かったですね。

そう。彼女がアドリアナ・リマでした。
最初に見たときには既にデビューしてから何年も経っていたものでしたが、遡って見ていくと初めてVSに載った自分を見て嬉しくて本を抱きしめるところなどを見つけ、しかも非常にセクシーな下着なのにそれを見る彼女はまるで子供なのです。社長さんも喜ぶ彼女の頭を自分の娘のように撫でているのです。とても不思議な光景でした。そんなアドリアナ・リマ、私はリマっちなんて呼び方をして、たびたびブログにも書いてきました。彼女がVSのファッションショーを勤めたのが、なんと20年だそうです。途中、驚くほど体型が変わってしまったりして非難を浴びた時期もありましたが、彼女なりに健康な痩せすぎではない体を目指しカポエイラやボクササイズを始め、どんどん美しく健康的な体を作り上げて行きました。

今まで写真でしか観たことのないリマっちが動いたことの感動ったら!
手前味噌ではありますが私のGIF専用ブログにてリマっちカテゴリがあります。そこにたくさんの魅力的なリマっちがいますのでぜひ! ご覧ください! ぜひ!
http://blog.livedoor.jp/beatrice/archives/cat_27074.html
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2005
2013
2016
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で、2016年のリマっちが可愛くてねえ…画像見てたら見とれたよ(笑)


彼女のショースタイルは非常にユニークで、そこが通常のファッションショーとは違うところでした。服を見せるためにただ淡々と歩くのではなく、よそ見して目をつけた観客を指指したり、歩き方、ポーズの決め方、すべてが独自でとても楽しかったです。彼女の独自性はVSでも群を抜いていたと思います。そんな彼女が今年2018年、とうとうVSのランウェイを終わりにする日が来ました。

彼女がVS最後のランウェイとなるステージに出てくるとき「Thank you Adriana」と書かれた扉が用意され、真ん中から開くとジュエリーを縫いつけた豪奢なレースを纏ったアドリアナがランウェイを歩きました。いちばん最後、笑顔を欠かさなかった彼女が一瞬だけ顔を歪めてしまいました。うん。そうだよね。感極まっちゃうよね…と思いながらも彼女はすぐに笑顔に変え、さっといつものように早いスピードで鮮やかにランウェイを歩ききりました。画面越しではあったけれど、惜しみない拍手を私も送りました。あなたがいなかったら人生の面白みに欠けていただろうな、型破りな美というものを考えずにファッション誌に流されて個性も何もないスタイルになっていただろうな、なんて思い返しています。

しかし、リマっち自身はあくまでもVSの仕事を終えたということで、まだまだ彼女は色んなことに挑戦中です。Instagramではボクササイズ風景や、超きれいな素顔などの投稿が多くてこれまた眼福です。
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Pumaのアンバサダーにも選ばれておりますし、これからどんなリマっちの人生の一部を私たちに見せてくれるのだろう、とわくわくしています。噂ですがVSと契約中だと他ブランドとはなかなか組むのは難しいとの話も聞きます…。しかし! リマっちはこれまでもこれからもリマっちだ! 応援するよ!

◆ ◇ ◆

少し早いですが2018年の振り返り記事になります。
今から振り返り記事を書かなければ、平成最後に間に合わない気がするくらい、2018年は私にとって心身ともに揺れ動いた年でした。あと1ヶ月残っているのに過去形で書いているのは、もうここまで振幅の大きな事柄などが起こらないように、との願いを込めています。

lily
参加させていただいているお題小説サイト「Mistery Circle」様にて、
今年最後の小説が更新されました。
今回いただいたお題。

起 どうして、恋愛しなきゃならないのかなあ。
結 冬の夜の冷たい闇に、ふたりぶんの白い吐息が解けて消える。

お題自体は念頭に入れつつ、台詞には登場しておりません。
テーマとして自由に書かせていただいております。 

「I Love you」(Lily's Mysterious Days 改題) 幸坂かゆり
http://misterycirclenovels.blog.fc2.com/blog-entry-472.html 

今年最後、ということであまり不吉な感じで終わりたくなく、
幾分ファンタジーな物語を意識したので暴力描写もなくR18でもありません。
ぜひご一読くださいませ! 

あとがきにも書きましたが、
私がMistery Circle(以下MC)さんに参加してから10年になります。 

以前、3作ほど書かせていただいたあと、卒業という形にしたのですが、
その後、サイトが閉鎖。しかし、そのときお世話になった管理人さんが、
もう一度復活させたいという趣旨のことを語っておられて、
そのときスランプ時期ではあったのですが、
以前、大変お世話になったので少しでも恩返しができたら、という想いで、
再び参加をさせていただいています。
書ける場があるのは大変光栄なことです。
スランプとか言ってる場合じゃないです。

このMCさんには本当に助けていただきました。
勇気ももらいました。正直、このサイトがなければ私は道に迷い、
もう書くことすらしなくなっていたかも知れません。
(その割には今回のはちょっと…いや一生懸命は書きました…はい)
お題、と言いながらお題無視で進行したり、
物語の中に溶け込ませるという掟破りを数々犯しておりますが、
ひとつひとつこつこつ書いてきた作品が自信へと繋がっていったものです。
これからも、スランプなどドアと一緒に蹴破って、
何ならスランプごと抱きしめてでも書き続けて行こうと思います。
今一度、宣伝ではございますが、ぜひご一読くださいませ。

◆ ◆ ◆

上画像は少々生意気ながら賢さを感じさせる女の子として、
モデルにしたリリー=ローズ・デップちゃん。

「ハピネス」 タケカワユキヒデ


11月17日、突然、ゴダイゴの音楽が聴きたくなり、
手っ取り早くYoutubeで探した(すいませんすいません)
しかし今いちばん聴きたいと思うアルバムの中の曲は当然見つからない。
けれどヒット曲や小学生当事大好きだったVo.タケカワユキヒデさんのソロなどが、
ひとつのチャンネルにて歌詞付きで見つかった。
安易にイイネ!とか押して違法だとしたら応援しちゃいけないよなあ、と思い、
チャンネル元に行き、リンクしてあるサイトに飛んだ。
すると本人さまのオフィシャルサイトだった。
しかも「11月17日更新」と書いてあった。
(現在は11月24日のインフォメーションに纏められています)

聴きたくなったジャスト当日、ブログ更新日でした。うおー!タイムリー!
何とか落ち着きを取り戻し、安心してその歌詞付き動画をツイッターにてつぶやいた。
曲は馴染んでいるし懐かしいけれど過去に知っていたと同時に、
過去と言ってしまえないほど彼の曲には思い入れがあります。

タケカワ、と恥ずかしさから呼び捨てで呼んでいたタケカワさんは私の初恋のひとであり、
数日前気づいたばかりなのですが私の「お兄ちゃん欲」を満たしてくれた存在でもある。
個人的ですが、あらためて考えると私がファンになる人は年齢に関わらず、
自分が勝手に「兄っぽい認定」をしている人なんだな。
さらに超個人的になりますが、私がタケカワさんの音楽を必要としていた時期は、
両親の事情で引越しが重なったり不登校になったり、心身ともに不安定な時期だった。
それこそ家でも外でも自分の居場所がなく何もかも蚊帳の外のような状態。
自分が悩んでいるのかもわからないくらい混乱していた。
そんなときに引越し続きで配置すらごちゃごちゃしていた巨大なステレオで、
それでも無理矢理聴いていたのがタケカワさんのソロアルバム「Lyena」だった。
当事はレコードでした。引越し中、ステレオが使えないときも、
親戚の家を訪ねる機会があれば持参し、そのおうちにてかけてもらった。
なぜあのときあれほどタケカワさんの音楽を欲していたのか。
多分、私にとって彼の曲は子守唄だったのだろうと思いました。

今現在も数ヶ月前から不安定になり、自分でも何がそれほど不調なのかわからないまま、
過ごしてきて、ふとタケカワさんの声がまた聴きたくなり、先のチャンネルにて、
がぶがぶと水を飲むように1曲ずつすべて聴いた。
タケカワさんが今でも現役でしかも今月26日にニューアルバムを発表し、
今後、ライブも予定されている。
唯一、幼い頃の思い出を共有している姉にこの偶然を話すと、
感激のあまり涙ぐんでいた。ドーナツ屋さんで。

そしてそのお水がぶがぶ的タケカワさん欲求(書き方おかしい)は、
今日(こんにち)も続いており、以前のものでまだ聴いたことのなかった楽曲を気に入り、
ダウンロードしちゃった♪ 「I Love you」って言うんだぜ。直球だぜ。
数年前にも突然タケカワさん返り(だから書き方g)したときがあった。
そのときのことはあまり憶えていないけれど定期的に訪れる。
いやただ単にファンである気持ちが継続しているだけかも知れないけど(笑)
それでも日付けやアルバム発売間近だったという偶然は、
それまでまったく触れていなかっただけ驚きを感じてしまうのです。

Youtubeのチャンネルは「amenityinc」という名前で、
ここは公式のタケカワさんの事務所の名前です。
歌詞付き動画には「僕シンvol.2」と書かれてあって、
どうやらそれはライブのようで「僕とSing Together」の略でした。
歌詞は、黒色、青色、赤色と分けてあり、
色にはそれぞれ、タケカワさんがひとりで歌うところ、一緒に歌うところ、
(ファンの)皆さんだけに歌ってもらうところ、と表記してあります。
「皆さんだけに歌ってもらうところ」は何気にハードルが高いです。
ひとりだと歌う勇気が出ません。タケカワさんはS属性でしょうか。

それにしても名曲揃いです。
そこから流れてちょっと他の若き日のタケカワさんの動画なども見ましたが、
今この年齢になって見てみると子供のときとは目線が少し違っていました。
色っぽいところがあったり、わかっててやってる的なかわいいあざとさがあったり(オイ
歌の合間に下唇を噛むくせをあらためて見てはどうしようもなく甘い感情に捉われます。
きっとまた人生の岐路で私はタケカワさん返りをしてしまうことと思います。
そして、その度に元気なタケカワさんが幸せに歌っていてくれていたらいいなと願います。
幼かったあの頃、あんなに惜しげもなく笑顔をくれる人というのを私は知らなかった。
幸せをありがとう。今だからこそ恥ずかしくなく言える。


◆ ◆ ◆

ところで大人になってあらためて見たことで突っ込んだ部分もありました。
私の個人的イメージでどうしても「君」「僕」という言い方が似合うと思っているため、
「おまえはとてもワンダフル」というタイトルを見つけたとき、
瞬時におまえ言うな、と思ってしまいました。すいません。
そして懐かしの森永ネクターやハバナチョコレートのCMに至っては、
自分の顔が色んな色に染まり、汗も火も噴き出ました。
多分その勢いは銀河鉄道999の窓をかち割り無賃乗車してしまうほどでしょう。
うん。「愛って奴は言葉や数字じゃあらわし切れないミステリー*」ですよね。

※ニューアルバム。ライブ音源のようですね。
 伸びやかですてきなジャケットです。↓


 
※デモ音源が聴ける贅沢なシリーズも出ていました。↓

HOME RECORDING DEMO ARCHIVE SERIES VOL.1
タケカワユキヒデ
G-matics
2010-08-25

 
※デモ音源シリーズ8作目。↓ 7作目の曲は視聴できます。良いです!

HOME RECORDING DEMO ARCHIVE SERIES VOL.8
タケカワユキヒデ
(株)ディスクユニオン
2011-04-27






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*歌詞引用 「ハピネス」 作詞 / 奈良橋陽子、山川啓介(1979年)

「三つの癒し 2 『感情をアップデートする』」 その3です。

これまでどれだけの感情や感傷、感動など溜め込んでいたのだろうと思う。
こうしてみっつ目を書けるところまで来れたことを嬉しく思います。さてみっつ目の癒しは、町田樹さんの新しいプログラム「Ave Maria」でした。(実際の彼のブログでの表記は「"Ave Maria” by Chris Botti」です) 忘却の彼方にむりやり押しやっていた寂しさを思い出させてくれた映画、その経験を忘れずにいてもいいと背中を押してくれた音楽、次に私を癒してくれたのは「浄化」による昇華でした。



町田さんのこのプログラムはまず情報を一切シャットアウトしてまっさらな気持ちで鑑賞しました(放映のない地域だったので動画鑑賞になりました)もちろん、このプログラムを今こうして書いている「三つの癒し」の記事にするとは夢にも思わなかった。思考が停止するほどの美しさと静寂に、あっという間に飲み込まれました。

周りがうるさく思えてたまらないとき、もしかしたら自分が自分のようでなくなっていて、
そんなもどかしさが他人に投影されているのかも知れない。創ることを人生の中心に据えて生きていたら時折、現実や日常と言う壁にぶつかる。生活の重みに比べたら芸術や美術は軽く見られてしまう。けれど本気でやりたいこと、伝えたいこと、それが溢れたとき、人は一線を越える。情熱で周りを降参させてしまうことがある。多分それが本物の持つ力でそれは恐れていてはできないことだろう。

だから私もあと一歩でいいから足を出してみる。震えながらでもいいから。
練習と言う場数を踏み、付け焼刃で行う訳ではないと心の中で思うことが最強の呪文になる。そう。失敗も成功もやってみなくちゃわからないけれど練習ならいくらでもできる。今回2作の小説を書く上で珍しく習作というものを数本書いてみた。すべては同じお題なのだけど物語がすべて違うものを5作ほど書いたがどれも上滑りしてちっとも面白くなかったのでボツにした。そのとき影響を受けたものに似ていたものがあり、それがどうにも納得できなかった。芸術も小説も古(いにしえ)から続くものだから、今さらどれにも似ないということはできないけれど、それでも自分なりの意志や感情として自分の名前をクレジットして表したいものがある。そこに辿り付けたら、例え周りに駄作だと言われようが(傷はつくけど)後悔はしないだろうと思って、一生懸命書いた。それが今回の「砂の中の住人」であり「軌跡」だった。

そして、こうして悩んでいるとき頭に浮かぶのはアイスバレエダンサーと呼んでしまいたくなるような美麗な身のこなしのフィギュアスケートを滑る町田樹さんです。彼は現役時代から色々計算をしてきた…と書くと人聞きが悪いな(笑)自分の信念や言葉遣いを決して曲げず、良い意味で周りに迎合せずに意志を貫いている人。結果、少々強く感じるようになった個性には慣れない人からの笑いが起きることもある。でもそれが笑って済むものではないことは真剣に見ていればわかる。彼が作り上げてきたものの新鮮さは、これまで見たことがないほど強く彼自身を放出していた。信じているものを本気で演じる人はとても魅力的だ。だから強く魅かれる。彼は間違いなく他の誰に似せることもなく、自分の考えを貫きながら進みたい方向へと向かっている。

「"Ave Maria"by Chris Botti」は2016年10月1日にたった一度だけ(ゲストスケーターだったので)公演されたプログラムで、イタリアのトランペッター、クリス・ボッティの演奏する音楽を使用していた。聖母マリアのアイテムでもある青の衣のような照明の色、彼女が天に還って行った時、受胎告知を信用しなかった人間のためにするりと落としていった青い衣と降り注いだバラ。聖書で知ったマリアは嘘も不貞もすべて赦す人だった。

随分前のことだけれど知人が突然、聖母マリアの何が偉いの、と言っていたことがあった。
「たかがキリストを産んだだけなのになぜこの人が崇められるのかわからない」と。調べれば?と思ったのは後のことで私は咄嗟に知人の言葉に傷ついてしまい、何も言えなかった。今思うと口惜しい。聖書は宗教として信仰している人にとっては命のように大切だけれどそうでない人にとってはフィクションの物語だと思う。私はそう感じている。けれど私が傷ついたのは、命を生む、息を吹き込む、というのは大きなことだと思うからだ。「たかが」と言ってしまえるものじゃない。

仮に、あの日に還って議論するなら、まず聖書は物語であること。
マリア以前に彼女の母親が既に不思議な力を持っていたこと。現代の言葉で言うなら超能力のようなもの。彼女がマリアを産み、その力はマリアにも宿った。そして力があったからこそキリストという立場の人間を産むことを選ばれた。「選ばれた」のだから普通じゃない。けれどそこまで説明するのも億劫だったのでそのまま知人との話を終えた。もちろんその頃の私は折伏する力も持ち合わせていなかった。私にとって聖母マリアはアイドルのようなイコンだった。だから「たかが」と呼ばれたことに傷つき、怒りもあった。私はマリアを美しいと思い、見つめていたいと思っていた。ただ芸術や創作が宗教と違うのはそれを布教しないということ。個人の強い想いが芸術や創作活動を支える。

おっと、少し話が散らかってしまいました(笑)
私は勝手ながら町田樹さんにそんな個人の想いを重ねた。あのときの知人の言葉の傷は町田さんの存在によって少しずつ癒されていくのを感じる。癒された傷は痕として残るけれど痛みは消え、暗い思考も思い直す余裕ができ、思う存分愛することを自分に赦すことができるようになる。そして芸術へと昇華する。もしかしたら「生む」ということは、傷をつけられ、癒し、昇華する。そのことの繰り返しなのかも知れない。私はこれからも私の愛する物や思考を愛し続け、不意に耳に入る雑音に思考が歪んだら軌道修正をしながら表現していきたいと思うのです。端から真剣に取り組んでいる人を見て嗤う人には、結局何を言っても理解されないだろうな、と最近やっと自分と他人を切り離して考えられるようになりました。多分もう大切なもの以外を強く非難したり抗議するには時間が足りないのだと思う。今ある時間は大切だと思うものたちへと向けていきたい。

ええと。
長々とだらだらと大いに書かせていただきました!本当に個人的な健忘録のようなものですが、最も忘れたくないことでもあります。もしも読んでいただけたのなら、そして少しでも共感していただけたのならとても嬉しく思います。 

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(注)一部、仏教などの宗教用語が混じっていますがここでは宗教としてではなく「表現」として使用しています。同様に宗教に関する事柄に対し、的確ではない言葉も用いておりますが故意にそのように表記しています。ご了承ください。

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久しぶりに書き物から離れた話題を。
引退後、大学院に通いながら精力的に毎年一作品を作っている、
フィギュアスケーター、町田樹さん。

2016年10月1日の「Carnival On Ice 2016」にて、
「あなたに逢いたくて」が最終公演となるそうですね。
このプログラムが大好きなので、淋しいです。
バレエや演劇のように再公演というものは今後ないのかなとも考えますが、
彼はきっと既に新しいことに向いているのでしょう。
そんな訳で、町田さんがまだ最終公演として滑り終えていないうちに、
思いを綴っておこうと思います。 

「あなたに逢いたくて(Missing You)」※PC View Only
 

あまりにも好きだったので、
彼が着ている衣裳に近い服を何となく探してしまったり、
金色のチェーンのネックレスを着けたいと思ったり、
気持ちが憑依するような尋常ではない感覚に陥っていました(怪しい)

私事になりますが、
今回町田さんが「あなたに~」を滑ってくれたことで、
聖子ちゃんの大ファンだった頃を呼び覚ましてもらったのも嬉しかった。 
80年代、アイドル真っ盛りの聖子ちゃんが大好きでした。
アイドルに詳しくなくて、姉に教えてもらったのですが、
初めてその歌を聴いたとき、軽い衝撃が走ったのを憶えています。

間を飛ばしてはいますが13枚目辺りまでアルバムを購入していました。
ロマンティックな恋愛ソングが多い聖子ちゃんでしたが、
8枚目の「Canary」というアルバムは異質な曲が多数収録されていました。
1曲目はいつものように明るく始まるのですが、
ご自身初の作曲のものやシングルを除くと、 
4曲目「Misty」からアルバムのラスト「Silvery Moonlight」まで、
とてもひっそりとしていて、いつもの明るさは影を潜めておりました。
彼女の甘いハイトーンボイスにミステリアスな楽曲や歌詞が映えてものすごく好きでした。
「Misty」は歌詞も素晴らしく、狂気のような包容力があります。

 眠ってね 私がやさしく
 歌ってあげるわ 髪を撫でて
 
ここだけ切り出すとやさしい恋人の姿を思い浮かべるのですが、
冒頭、歌詞の中の「私」は髪を撫でる相手に対し、
相手のうまく行かない恋の相談に乗っているようなのですが、
段々、彼女に気を許し始めるさまに「私」は、

 あなたを二度と離さない
 帰さない
 傷ついてもいい
 愛してる 

と、思い詰めるほど恋心を深めて行きます。
これは現実では不倫の恋なのでどちらも庇えませんが作品なので…。
彼女のピュアな声と歌唱で、こうした歌詞を歌うのです。
聴いていて体が震えました。
そのタイトルが「Misty」― 霧。
美しく霧に隠されるふたりの情景が見えてくるようです。
魔性の女なんてありふれた言葉じゃない。いっそもっと神話のような。
セイレーンのように、男を自分の世界に連れ去ってしまうような。

調べると1983年の曲なんですね。今聴いても謎めいていて好きです。
あの頃、もっと感性が柔軟だった私はこの曲の歌詞もメロディーも、
雰囲気もすべて飲み込み、自分の中に住まわせていたのだと思います。
ここまでミステリアスな聖子ちゃんは、未だ知りません。

長々と書きましたが「あなたに逢いたくて」は当事とてもヒットしたので、
すべては知らなくてもサビ部分は知っていました。
でも今回町田さんが聖子ちゃんを取り上げ、改めて聴くと、
作詞作曲が聖子さんであり、すべて日本語の歌詞であり、
久しぶりに聴いた「聖子ちゃん」はいつの間にか「聖子さん」と呼ぶ、
大人の女性になっていました。 
もちろんそれはとても素敵なことなのだけど、
あの「ミステリアスな聖子ちゃん」は、面影を残しつつ、
もうどこにもいないのだな、と少し淋しくもありました。

しかし、それを継いでいるのが実はたった今の町田さんで、
彼は今、ちょうどあの頃の聖子ちゃんのような多面体な表情を見せてくれています。
ロマンティストで豊かな感受性を持ち、悪人でさえ純粋な個性に変換できる町田さん。
彼が聖子さんの楽曲を選んだのは必然のような気がしています。
まだまだ若く、色んなことを吸収できて、更に勉強をしている。
そんな彼がどこまで表に出てくれるのか、と考えるのは怖いのですが、
できる限り、その成長する姿と美しいプログラムを、
彼の思考する定義と哲学で、ぜひ見せて欲しいと願っています。


Canary
松田聖子
ソニー・ミュージックダイレクト
2013-07-24

※「Misty」収録アルバム

Vanity Fair(紙ジャケット仕様)
松田聖子
ユニバーサル シグマ
2010-05-26

※「あなたに逢いたくて」収録アルバム 

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「Misty」 

作詞 松本隆
作曲 井上鑑 


2016_ラストのお花

フィギュアスケート選手、小塚崇彦さんが現役を引退しました。
バンクーバー五輪辺りに知り、そこからずっと応援していました。
彼はInstagramにて、日常の出来事などを見せてくれています。
引退を宣言したその日も写真をアップしてくれた。
それは曇りなき青空で、小塚くんが現役としての役割を終え、
もう一段階成長するのを祝うような澄んだ青色で、見事すぎて泣けてきた。

私が小塚くんの記事を一番最初に書いたのは2009年11月26日。
ちょうどバンクーバーオリンピックの選考も兼ねた年。
あまりよく知らない世界の中で、いつの間にか小塚くんに注目していました。
目が吸い寄せられた。不思議だった。
初めて彼を知ったのはおぼろげでよく憶えていないけれど、
「Take Five」と「ロミオとジュリエット」を見返して、
透明感のある美しい滑りが心に残った。

その頃の私はフィギュアスケートを今よりももっと知らなかった。
派手なアイドルのような世界だと穿った見方をしていたこともある。
そんな中、小塚くんはあまり飾ることをしなかった。
何と言うか、衣裳に関しては逆の衝撃があった。
シンプルな衣裳とものすごいスピードと目を奪われるような足さばき、
その部分を武器として前面に見せてくれた。潔くて惚れた。
あ、もちろん姿形という部分もあります(笑)
氷上での真剣な瞳は大きさも相まって、
心臓の鼓動が高鳴るほど「競技者」としての気の強さを感じ、
それからどんどん過去を遡って演技を見返しました。
(そこは先に書いた以前の記事「精悍な彫刻」にて書かせていただきました。)

よく知らないから感情的になることもなかったスポーツだったのに、
小塚くんという注目する選手ができてから、どこか私の生活が一変したように思う。
力であり、励ましだった。彼が滑り終えたときの曇りのない笑顔、
ミスをした演技後の隠しもしない口惜しい叫び。(あーもう!など)
バンクーバー五輪の当事、4回転を本番で成功させることは今よりも稀少だった。
小塚くんも五輪出場が決まった中でもなかなか成功できなかった。
なのに!五輪の本番で決めちゃったのだからすごい。あの歓声すごかった。
五輪プログラム「Guitar Concerto」は美しく強烈な個性を放っていた。
が、五輪後の世界選手権ではSPで完璧な演技をしたものの、
FSはミスを重ねて表彰台には乗れなかった。
画面に映し出されたのは涙が滲んだような顔で拍手をする小塚くんの姿…
時差があり朝方、ネットのライブ配信で見て初めて口惜しさというもので涙が出た。
あの日から私の中でフィギュアスケートは「よく知らないスポーツ」ではなくなった。

東日本大震災に見舞われた2011年、
その年の世界選手権は本来なら日本で行われるはずだった。
中止も危ぶまれる中、場所をロシアに移して開催されたその大会で、
小塚くんは大健闘した。ミスのない美しい滑りと技術で見事銀メダル獲得。
テレビの前で拍手喝采でした。あのときの小塚くんのガッツポーズも忘れられないし、
私自身も心から嬉しかった。幸せだった。

ただ、最近また4回転が主流になっている新たなフィギュアの流れは、
小塚くんの体に負担をかけてしまっていたのだと思う。
それまで順調に進んでいたように見えたけれど彼は先天性の疾患を持っていた。
「かばうことで他の場所に痛みも出てしまった」とインタビューで話している。
世界選手権の銀メダルまで上り詰めながら、その翌年からは、
なかなか思ったような動きができず、もどかしそうな表情の小塚くんを何度も見た。
小塚くん本人の歯痒さが伝わってきて、見ているこちら側も辛かった。
けれどファンは見守ることしかできない。
見守り、応援することが最大限できること。

そして、2014年、タンゴやフラメンコで新たな魅力を見せてくれた。
一昨年の全日本選手権では3位になり、
素晴らしく大きなガッツポーズが見られました。号泣でした(私が
それから…少しずつ引退という言葉が脳裏を掠めていました。
ただ、心のどこかでは現役は辞めてもプロとして、コーチとして、など、
氷上には残ってくれるものだと思っていました。
だから完全に氷上から引退するのだと知ったときは信じられなかった。
信じられなかったけれど、引退を表明し、更に言葉でも説得させられた。

引退前、シーズンオフのある日、小規模なイベントがあり、
小塚くんは規格の違う小さなリンクで1曲だけ滑った。
ごくプライベートな少数だけのイベントだったらしく、報道も何もなかった。
観に行ったという方と連絡が取れ、幸運にもその滑りを見せていただいた。
音響の調子が悪く、小塚くんが滑っている最中にも途切れては流れ、を繰り返した。
途中、長い時間に渡って途切れたままとなってしまったが、
その無音の中、小塚くんは滑るのをやめなかった。
彼自身が音楽を先導している。
小塚くんが滑る姿は音楽のない不自然さを一切感じさせない。
少しざわついていた観客が静かになる。
高速スピンでプログラムは終わり、
何事もなかったかのように次の説明などをしていた小塚くんだが、
スケーティングの凄さは不意に姿を見せては観客に感嘆のため息をつかせる。
心身ともに困難を越えた人なのだと思った。
滑りだけで説得してしまう凄さをこの人は一体どこまで認識しているのか。
音響をものともしない静寂は、彼自身が作り上げてくれたものだ。
魅入ってしまうスケーティング。小塚くんだけの個性。

知った当初から小塚くんの滑りはあまりにもその場にいる現役選手達とは違った。
どう言えばいいだろう。言葉ではなかなか伝えられない。 
実際に見たとき、直接目に、心に焼きついたように。 
なめらかで心地良くて、あっという間に加速し、風のように駆け抜ける。
スケーティングで魅せる選手のひとりにカナダのパトリック・チャン選手がいますが、
彼は小塚くん同様深いエッヂと滑らかなスピードが魅力ですが、彼はダイナミック。
小塚くんはもう少し繊細。滑る風に仄かな甘い雰囲気を感じさせるのです。
そこはさすがにテレビでは映らないからもったいないなと思う。
私も生で観て(2014年4月7日スーパースターズ・オン・アイス)初めて判ったことでした。

小塚くん現役最後のプログラムは坂本龍一氏の「エピローグ」
小塚くん自身は深い意味はないと言っていたけれど偶然にも一致した。
本当に深い意味がなかったのかどうかは永遠に判らない。
テレビにて初めて「エピローグ」を見たときは過去にも着ていた黒い衣裳で滑っていて、
そのときはまだ現役続行を決めた年だったにも関わらず、
空気に溶け込むように奏でられる旋律の中を小塚くんが滑るのを見ていて、
消えてしまいそうで何度も瞬きをした。

最後の滑りとなったのは2016年4月17日、スターズ・オン・アイス東京公演。
テレビで放送されたそのショーでの小塚くんは顔の輪郭が少しふっくらしていた。
涙を流す姿を公に見せなかった小塚くんが滑り終えた最後、
観客の皆さんの前で、涙を溢れさせた。
サプライズだったという佐藤信夫先生と久美子先生の登場。
信夫先生からは大きな花束と激励の儀式と化した、
背中を押し出されるスケートファンの間で知られる「くるくるぽん」が送られた。

最後に「ちゃんと自分の声で感謝の気持ちを伝えたかった」と小塚くんは言った。
またいつか氷上に…なんて安易な約束をしなかったのも彼らしい。
まだ言葉の片隅で、自分に言い聞かせているような印象は受けたけれど、
例え言葉であっても、想いを断ち切らないと前に進めなくなってしまうことはある。
そのことを有限実行し、もう既に社員として新たな生活を送っている小塚くん。

あなたの歩く道が、選んだ道が、悔やむことのない、
やりがいのあるもので溢れていますように。
応援させてくれてどうもありがとう!サラリーマン小塚、がんば! 

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2016年4月17日、演技を終えて。
少年の頃のような顔になっていますね。 

◇ ◆ ◇ 

Twitterにて小塚くんに花束を贈りませんか、という企画が催され、
私もずっと参加させていただきました。冒頭の画像は「最後」の花束です。
何もできなかった中、企画し、声をかけてくださったフォロワー様の行動力に感嘆しつつ、
参加させていただけたことに応援する活力もいただきました。
何もかもが、ひとりではできなかったことです。心から感謝しております。

それでは、湿っぽいのが苦手そうな小塚くんを見習って明るく最後を締めましょう。
小塚ーーーー!大好きだぞー! (敬称敢えて略)


あと少しで、フィギュアスケート世界選手権が始まりますね。
と、いう訳で、超個人的な記事を。多分まとまらないと思いますが…
 
まずは、今日の記事の主役おふたりの動画を。

「Respeto y orgullo (Farruca)~誇りと敬意~」


今年2月に行われたユニバーシアードの競技会でのEX。
ものすごい盛り上がりです。この時、確か病気が再発していたとか。
しかし、滑りは素晴らしい。最後、見えないけど、
小塚くんの大きな笑顔が見えるようです。
 

町田樹 Je te veux PIW東京2014

町田くん自身の振付、第2弾だったプログラム。
「白夜行」もそうでしたが、彼が振り付けるものは、
とても静寂を感じます。自身がより大きく反映されるのでしょうか。


最近、自分のブログ記事にスケート関連を書くことが多くなり、
フィギュアスケートが好きなんですね、と言われるのですが、
どことなく違和感がありまして。 もちろん好きだから書くのだけど、
フィギュアスケート全般に対する、というのとは違う。

多分、私が書くスケートの記事は偏りが多分にあると思うんです。
なので、スケート全般としての記事は大雑把になる。
ジャンプの見分け方、点数の見方、数々の専門用語…。
私はそれらの言葉であまり語りたくない。
けれどそれらを使わないと伝わるかわからない。
そして何より、こんなふうに考えなくても、私よりずっと上手に感動的に、
フィギュアスケートに関して文章を書く方が大勢いる。
私は、やっぱり私にしか書けないものが書きたい。
こういう部分でいつも記事を書いたあと、挫折感を味わう自分がいます。

それでもどうしても書きたくなる対象は小塚崇彦くんと町田樹くん。
強い応援の気持ちがあり、また、力をいただいている。
ただこう書くと、じゃあ他の選手は応援してないの?
とか、言われても普通に応援しているし、楽しく観ています。
うーん。うまく言い表せないのだけど、選手個人のスタイルというものに、
魅かれているような気がするんです。
小塚くんは以前時折個性が薄いように言われていた。
でもじっくり見ている立場からすると、確かに派手さはない。
けれど、薄いというのも違和感があってずっともやもやしていた。
彼の技術のすごさは今や説明はいらないけれど、それでも、
バンクーバー五輪頃は、あまりそういう部分は取り上げられず、
目に見えても点数で表すにはあまりに評価しにくい「表現力」という、
分野の採点にスポットがあてられていた。

ただ、もう小塚くんの個性は隠し切れないほど溢れていると思います。
上の動画でもフラメンコの後半、リズムが変化する時の足さばきなどは、
早回しにしてるんじゃないかと思うくらい素晴らしい。
皮肉ではあるけれど、彼のスタイルはソチ五輪の挫折という大きな心の動きが、
経験となり、豊かな感情表現に直結し、滑りと共に花開いたのではないだろうか。
彼の中にあるフィギュアスケートへのこだわりは、やはり派手さじゃない。
そこがとても好きだ。職人、という感じで。

そして、もうひとつ惹かれるスタイルの中に意見を伝えるというものがある。
今までも時折苦言を呈していた。ただどこかメディアは沈黙していたような気がします。
最近になって、やっと少しずつ小塚くんの意見がきちんと記事になっているようです。
現役選手という彼自身もジャッジしてもらう立場を持ちながらのジャッジへの意見。
かなりリスキーではある。けれど彼自身もそこは把握していて、
「すべて受け入れてもらえるとは思わない。ただ耳に入れてもらえれば」と話す。
ジャッジにも柔軟性が求められる意見だと思った。聡明だな、と。
そこが彼のスケートに対するひたむきさであり、スタイルであると思う。
それと、2010年バンクーバー五輪以前に、
イチロー選手のフォームの「美しさ」について言及していた。

そして「美」といえば大らかに語ったのは町田くん。彼は現在現役を退いたけれども、
衣装、音響、カメラアングル、すべてに凝って、プロデューサーのようだった。
一見、小塚くんとは正反対に見えるけれど、先に書いたスタイルを持つ人。
彼の表現はしなやかさと華やかさが同居しているけれど、そこに静けさを生む。
「スタイルを持たないと数多い選手の中で埋もれてしまう」と、
客観的に自分を見つめていて、演出することをはっきりと表した人。

小塚くんは、現役を続けながらもエッジの開発などに関わり、
町田くんは競技を離れ、スポーツ選手のセカンドキャリア問題を考え、
スポーツ科学研究をするために大学院に行く道を進んだ。
互いにスケートを愛しているのが伝わってくる。
言い訳はしないけど事なかれ主義じゃない。
どちらも将来的な考え方に奥行きがあり、そんなところに共通点を感じるのです。
町田くんはインタビューで言っていた。
「直感は大事だがそれだけじゃだめで、プラスアルファ、努力と準備」
この言葉に、ただ夢を見るだけではない成し遂げようとする鋭さがある。

最近の小塚くんは、とても頼もしくて見ていてまぶしい。
あの忘れられない全日本選手権での素晴らしい演技も、
たくさんの苦悩を打破して生まれた新しい小塚くんの誕生だったのだから、
その殻を破るまでの努力は相当なものだったのではないか、と思います。
あの日の演技、本当に感激したし、嬉しかった。そして輝いていた。
とってつけたようなキラキラした演出はいらない。
輝く人はそんな尾ひれをつけなくても自ずと輝くから、と実感した。
世界選手権はぜひとも、彼の演技が、努力が、あの場で発揮されて欲しい。
町田くんはこれからフィギュアスケートに関してどのように関わるのか、
まだ判らないけれど「静かに見守りながら」本人の言葉を待ちたい。 


まずは、このシンプルな美しさをご覧ください。

NEI by GANES FEAT. CAROLINA KOSTNER


数日前にTwitterにて流れて来た動画に感激。
彼女は2014年ソチ冬季五輪銅メダリスト、イタリアのカロリーナ・コストナー。
このビデオは競技でもアイスショーでもない、
映像のために滑ったフィギュアスケートを捉えたもの。

故に観客もなく、歓声もない。
音声はアーティストの音楽とスケート靴で氷を削る音のみ。 
さまざまな角度から何度も撮影したと思われる完璧な映像。
一番きれいに見える角度を厳選して。
こういう作品としての創作、とても好き。
スケートの芸術性が本領発揮、という感じで。
できればスケーター全員にこんなふうに、
作品重視の映像を1作品だけでも作ってもらえたらなと思う。
シンプルだからこそ、技術もまた際立つと思うし。
製作して販売、とかそれはまあどこかに置いておいて。
(もちろん販売してくださったら欲しいけど。そして買うがな!) 
総合的な意味で、誰にでもできることではないのだから。
観て初めてわかることもある。 それを伝えて欲しいな、と思うのだ。 

ただただ、本人が自由に踊る姿が観たい。
アーティストの表現にプロモートも兼ねてミュージックビデオがあるように、
スケーターひとりひとりが持つ物語性を更に追求した世界を観たい。
カロリーナのこの映像を観てそんな想いに触れる。
彼女から受けとったものはひたすらピュアなスケートへの愛。
モノクロの映像が却って情熱的な彩りにも見えて彼女の個性がとても拡大されている。
長い月日をかけ、プログラムを作るのに発表するのが数回なんて、
そして残るものが数字だけになるなんてさらにもったいない。
記録がなければ記憶の中で薄れてしまう。
そんな悲しい想いを世に出さないためにも。いつかきっと、と夢を見たい。 

カロリーナ…。本当にすてきだ。色々なことがあるけど、応援してる。 


2014_12_26_japanese_national_sp_taka


SP「エバリスト・カリエゴに捧ぐ」

全日本選手権、ぐっと集中し、輝きを放ち、
素晴らしいスケーティングで観客を釘付けにしてくれたのは、
小塚崇彦くん、たかちゃんでした!やった!
世界選手権出場、おめでとうございます。
以前「待っていて」と言ってくれた言葉を、
ずっと信じていたよ!
 
※SP、FSの動画は削除されてしまっていて、
 その他もみつけられなかったので、画像のみ。

すごく色っぽくてどきどきしました。
まったく、競技であるのに、不埒なとこばかり目が行きました。
多分後にその最たる部分をGIF化すると思います(笑)

冒頭転倒、後半コンビネーションもステップアウトで、
点数は伸びませんでしたが、彼の足さばきはやはり絶品でした。
見惚れるもの。フィギュアスケートってこうだよね、と、
誰かと熱く語り合いたくなりますもの。
鋭い視線には磨きがかかり、
今季大会での元気のなさはどこかに飛んで行ったように見えた。
何度も書いてしまうけれど、あの流し目のような眼差し。
元の端正な顔立ちが映える髪型も、衣装も、素敵でした。
動きにも強さがあった。これは、FS、行くぞ、と。
勝手ながら予感を思わせてくれました。

taka_io_ci_saro

FS「これからも僕はいるよ(io ci saro)

新ためて観てもすごいガッツポーズ(笑)
素晴らしかった。初めてです。競技を観て号泣したのは(いらない情報)
FSが始まった直後は、まず4回転トーループが成功しますように、と、
強く願い、生きた心地がしませんでしたが、小塚くん、意地で着氷。
続いての4回転も2トーループをつけて着氷。
そして3アクセルも!次々に決めてゆくジャンプ、
途中、根性で堪えたジャンプもありましたが、すべて降りました。
最後のジャンプを終え、さあ、ステップだ、という段階に入ったとき、
観客の方も同じ気持ちでいたのだと思います。
彼に向けた大きな拍手が強く沸き起こりました。

曲の素晴らしさと共に、完全に小塚くんの独壇場でした。
美しく正しいポジションなんて言葉だけでは収まりきらない。
渾身の演技。今までの不調も、そうした不調にあった時の外野の声も、
彼は試合という自分のいるべき場で、すべてを忘れさせてくれた。
なんて誇らしかったことか。そして最後の激しいガッツポーズ。
かっこよかったよ!嬉しい。戻ってきてくれたね。
あなたがその気迫で「滑りたい」と思ってくれたのがとても嬉しいです。

※メダリスト・オン・アイス、
 「レスペート・イ・オルグージョ(誇りと敬意)」は、
 Daily Motionの動画をお借りします。


今季ではなかなかエキシビションを観ることができなかったのですが、
夏に行われたアイスショー「The Ice」で初めて(画面越しですが)観て、
フラメンコと小塚崇彦、という一見想像がつかない選曲が、かちりと合った。
本当に何度も言うけれどあの視線。あれを知っていれば理解できるのです。
潜在的に。無理に笑わない彼の冷たい高貴な美貌と高い技術、情熱、
そんなプログラムを心底待っていました。
正式なタイトルは長いですが「ファルーカ」という名称で呼ばれている、
哀しくて激しいギター1本の名曲。
衣装もぴたりと体の線に張り付いた透けた黒い衣装で、
私事の感想ではありますが、ボルヘスの著作「エバリスト・カリエゴ」の主人公、
カリエゴの描写のようなスタイルなのでした。レースではないけど。
ボルヘスがカリエゴを表する箇所、

 黒づくめの服を纏い、痩せた体に蒼白い顔、灰色の瞳。

とても美しい青年だったカリエゴ。この一文を読んだ時、小塚くんが思い浮かんだ。
もちろん、カリエゴの性格と小塚くんは全然違うのだけれど、
そしてプログラムも違うのだけど、ただただ魅力的なその容姿が。
そして、どこか挑戦的な今回の演技が。
演技が終わったらひたすらかわいい小塚くんなのだけど(笑)
今回、そのかわいいサービス精神満点の小塚くんを見られて嬉しかった。
心からの笑顔も、まぶしかった。本当に良かった。

演技後のインタビューでは、
日本選手権にて引退した町田くんの気持ちも連れて、
世界選手権で戦ってきます、と言う言葉に友情を感じた。
彼らの純粋な気持ちと努力が、必ず報われて欲しい。

ますます華麗に、思う存分、見栄えのする姿の良さと、
躊躇することのなくなったセクシーな演技を見せて。
そして、世界を虜にして。


2014_12_29_MOI_樹7


フィギュアスケート全日本選手権が終わりましたね。
一言では言い表せない、たくさんのことが、ありました。

まずは、動画を観ましょうか。
そこからがすべて始まりで、永遠に繋がります。

※動画は、すべて削除されてしまったようなので画像を少しだけ。
 (クリックすると大きくなります)

2014_12_26_japanese_national_sp_樹2


SP「ヴァイオリンと管弦楽のための幻想曲」

本当にこのプログラムは曲の美しさと、
今季、彼の掲げた「悲恋の極北」というテーマが相まって、
彼の繊細なんだけどどこか若さの無謀さを感じさせて、
失ったものの大きさを全身に纏うような演技に引き込まれます。
プログラムのみを見ていたら、点数なんて関係ない。そんな演技でした。
この時演技後に流した涙はあまりにもその演じたものになりきって、
感極まってしまったのかな、と思いました。
なんて感受性の豊かな人なのだろう、と。その時は。

2014_12_26_japanese_national_sp_樹1

2014_12_27_japanese_national_fs_樹1


「ベートーヴェン交響曲第九番」

その正式名称は、
「シラー作、頌歌『歓喜に寄す』を終末合唱にした、
大管弦楽、四声の独唱、四声の合唱のために作曲され、
プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム三世陛下に最も深甚な畏敬をもって、
ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンによって奉呈された交響曲、作品125番」
です。

多分、正式名称は使うことないと思うんだけど、ちょっと書きたくなって(笑)
このプログラムも…本当に点数出るのが邪魔で…。
ジャンプミスだとかスピンのレベルが、とか、
本来競技だから気にしなくてはいけない部分なのだけど、
スケートアメリカから始まり、そこからどんどん純度が増して、
今回の全日本ではほとんど彼が感性の化身となったように見えました。

いつも彼が滑る「第九」はどんな時でも完成していたように思います。
更に、今回は滑っている最中の笑顔に、こちらまでつられて幸せだった。
第九はほぼ年末に聞くだけ、と思っていたのですが、
交響曲の持つ、硬質で壮大な世界。彼に教えてもらったと思います。
第1楽章と第4楽章を使用している彼の第九ですが、
これほど聴き入ったことがなかったし、この曲の魅力に気づけたことも収穫です。
年末だけしか聴かないなんてもったいない。
たくさん聴いて、深く深く、心に沁み込ませたい。
これはもう合唱の歌詞のまま、歓喜。魅入る外、ない。
多分あの場にいたら応援すら忘れてしまっていただろう。
事実、途中から実況が一切なかったのをツイッターで知るまで気づかなかった。
実況や解説の声が入った瞬間、不思議に思えたほど。


2014_12_27_japanese_national_fs_樹2

そして、
世界選手権派遣発表、その場での引退発言。
町田樹くん、あまりにも突然でした。 

今、思い返すと、SP終了後に流した涙、
SP、FP共にリンクから上がったあと、
じっと滑り終えたばかりのリンクを見渡していた、あの一連の行動に納得がいく。
長野のリンクが狭い、もっとたくさんの方に見て欲しいと言っていたことも。
インタビュー時のすっきりとした顔も。悔いがない、と言った静かな笑顔も。
すべてに予感のようなものがあった。
もちろん、そんなことは考えずに見ていたのだけど。


諸事情で、ライブ放送は見られなかったのですが、
削除されましたが、一度でも動画を見せていただき、とても感謝しております。
「エデンの東 セレブレーション」
とても丁寧な滑りだった。一番滑走で氷に跡がついていないから、
はっきりと、鏡のように彼が映し出されています。
氷に焦がれ、時には叩きつけられ、心が凍る時があったとしても、それでも一途で。
その氷は、彼を何よりも美しく映し出していた。
冷たくて美しくて妥協のない恋人でしたね。

挨拶で、どうしても涙が出てしまっても、
最後に滑ったワルツの軽やかさは暖かな印象を残してくれました。
彼は終始、柔和な微笑を浮かべていた。
一度、生で滑るのを観てみたかった「Je te veux」
生ではなかったけれど、観られて幸せです。
スカーフをひらひらとさせてリンクを去る姿は高貴だった。
粋で、淋しいのに素敵で、胸がいっぱいになった。


2014_12_29_MOI_last_樹2

◆ ◇ ◆

彼のような人に出会ったのは、初めてです。
アスリートとしても人間としても。

初めて、フィギュアスケートはスポーツであり、芸術でもあるのだと、
心の奥底から納得させてくれたのが町田くんでした。
アスリートであり、アーティスト。技術を突き詰めればそれは芸術だ、と言っていた。
そんな思考を持つ町田くんのアーティスト魂は、言葉そのままに群を抜いていた。
初めて触れる世界には万人が戸惑う。時折その個性に嘲笑もあったけれど、
彼はそんな声を気にせず、逆にねじ伏せ、まっすぐに、その世界観を届けてくれた。
もちろん気にしていたのかもしれないけれど、そんなところは塵も見せなかった。

私のファン歴はとても浅く、2014年冬季五輪のソチの少し前からです。
その間になんとたくさんの言葉や行動を、町田くんから指し示してもらったことだろう。
自分の調子が良くなくても彼の言葉や、一挙手一投足すべてに力と勇気をもらった。
いつも彼の姿勢の良い姿とよく通る声から届く言葉を聴いては背筋を正していた。

だから、今はそのすべてが今後しばらくはないのだ、と思うと、
急に体のどこかをちぎられたように心細くなる。
まだまだ感情が興奮している今ではなく、
この後、話題が出なくなってしまった時に、
喪失感が襲うだろう、と思う。
そこを耐え、私も自身の道を恐れずに、選択して行こうと思います。
After The Rain, 雨の後には必ず大きな虹がかかる、と彼は何度も言っていた。
その言葉に縋るのではなく、時折心から取り出し、その都度思い出し、
彼には彼の道があるように、私にも私の道があるのだと、
気づかせてもらった部分を、投げ出さずに歩いて行きたい。
あなたに出会わなかったら今の私はいないでしょう。
とても、尊敬しています。
こうして考えさせられた事、忘れたくないです。
人間だから、いずれここまで強く感じた事も忘れてしまうけれど、
意地でも忘れるもんか、と思います。

21年近い競技人生、本当にお疲れさまでした。
あなたの選んだ道を心から応援しています。またいつか。


2014_12_29_MOI_last_樹

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画像はSP、FS、メダリスト・オン・アイスより。  
次なる目標にまっすぐと向かう、きれいな後ろ姿。 印象的でした。

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