First Kiss

幸坂かゆり Weblog

カテゴリ: Love Life


lips


今、歯医者に通っている。
血の通った、自分が生きている証だ。
これまでは正直、どうでも良かったのと、
一度すべての歯を治療し終わっているので、
行かなくても何とかなるだろう、という、
惰性の気持ちがあった。

今回、新ためて思ったことは、
確かに治療は怖い。けれど自分から行く、と言うのが、
歯の大切さを判った「おとな」の行為だと言うことだ。
道徳まがいのことを言うつもりではなく、
単純に自分が幼い頃、どんなに母親に連れて行ってもらっても、
数日で通うのをやめていて、その理由はただただ本来の目的も考えず、
怖かったから。

あの時行っておけば、とは思えない。
やっぱりあの時はあの時で私も行きたくない、と必死だったのだし(笑)
けれど、歯が喋ることに影響するような気がしたのは、ごく最近で、
私の滑舌の悪さは歯の悪さを無視してから、ひどくなっており、
もともと話し方(本を声に出して読むなど)にそれほど劣等感がなかったが故、
異変に気づいた。

治療を始めてから、段々喋り方がスムースになって来ている。
ただ、声はある日を(これもごく最近、ここ一年ほど)境に変化している。
時折、年を重ねた人が昔の自分の声を聞いて、
「艶や張りがあり、若い」と言うのを聞くが、多分私も「声変わり」したのだろう。
これは個人的に違いはあると思うが、あくまでも私はそう。

そして、
歯の治療に通い、既に一ヶ月経つが、
自分の中の変化を感じている。
まずここ数年よほど公の場に出る以外は、化粧をまったくせず、
近所へ買い物に行くときなどは顔さえ洗わないこともあった。
そして、歯に違和感もあったことを自覚していたため、
口紅などもはや、興味の対象外だったのだ。
それが、少々、唇に色をつけたくなってきた。
いきなり赤はムリなので(本当は好きな色。ゆくゆくはつけたい)
歯医者に行くときはまったく色味のない保湿成分だけを求めるが、
歯医者のない日は、色がほんのりつくリップクリームから始めた。

それから数日経ち、とうとう唇に色をつけたくなった。
赤い色の口紅は既に持ってはいるが、いきなり塗るのもテレるので、
唇に数箇所ぽんぽんと置いてみて、鮮やかな色を指で伸ばした。
傍から見れば、誰にもわからない程度の薄い色味。
それでも、ああ、自分が等身大になってきている、と思えた。

それまで、鏡に映る私は、
鏡が映し出している本来の自分ではなく、白髪で深い皺を携え、
目に力のない老婆が映るようで怖くて見るのを避けていた。
それは外に出てもそう。もちろん、今もフルメイクはできない。
けれど、人工的に自分の持ち物の一部に色をつけよう、と思えた、
そのことが、単純に老婆から私へと少しだけ戻してくれたのだ。

アイラインやアイシャドウは、落とすのが大変なので、
よほど気持ちに余裕がないとできない(笑)
若い頃はマニキュアまでしていたな、と思い、
あの頃はやはり、体力があったのだ、としみじみ感じる。

でも今の自分に一番興味がある。
語弊があるかもしれないが、ある意味、道半ばではなく、
いつも完成されている自分なので、
どんな失敗を起こしても、失言があったとしても、
今の自分がなぜそうなったか、そう言ったのか、
反省と、もうひとつ、俯瞰で観察する自分がいて、
それがおもしろいのだ。

こんなふうに思考し出したのが、
実は歯医者に通い始めてからだと言うのもまた感慨深い。
ただ、キャラメルや粘りのあるキャンディーなどは永遠に食べる楽しみを奪われたが。
得たものと失うものとバランスなのだろう、と思うことにする。 


tumblr_mz3eo70MZy1rpcrx8o1_500


※mixi日記より

大澤さん&久美子のアルバムを、無事購入し、 
感激やら鳥肌やら感涙やら(語彙がアホ) 
いろいろ心の中で巻き起こっていました。 

が、まずは順番に心の状態を書こうと思います。 
ブログに書く前にまずこの秘密日記のようなmixiに(笑) 
この間、ちょこちょこブログやここの日記で探し物をしていたら、 
昨年4月の後半って、私、えらいことした時だったんでした。 
あの時、死ななかったけど、生きているような感覚もなかった。 
しばらく燃え尽き症候群にもなったし、 
いつそこから出てこれたのかも、 
今となっては定かじゃない。 
そして、日記にはっきり、 

 私は今後また、何かしたいとか、どこかに行きたいとか、 
 思えるようになるんだろうか
 
と、書いてあった。 
自分のことなんだけど胸が痛む。 

今年の4月はアイスショーに行った。 
行きたい、と、はっきり思えたものだったから大切に考えて行動した。 
そして、きちんと計画を立て観に行き、戻ってきた。 
移動の方が時間がかかったけど、 
2~3時間のアイスショーの演技の間、 
私、久しぶりに何も考えず、勝手に顔が笑ってた。 
あんなの、本当に何年もなかった。 
あとで痛くなるくらい、笑う筋肉が退化していたくらい。 

だからと言って、そこからすべてがうまく行き、 
病院も終わりー!という訳ではなく、 
相変わらず、外出できない日は困っている。 
オンラインで買い物をしたはいいが、コンビニまで支払いに行くのに、 
玄関から出られなくてうろうろして半日以上経ってしまう事も、未だある。 

けれど、昨年までのように、 
しなければいけない行動でも、どこかが違う。 
ええと。歯医者に通っています。 
実はこれが自分の中で大きいです。 
歯医者=自分のためだから。 
本当はもっと早く行きたかったんだけど、 
ま、事情が事情だったのと、行く気持ちが起こらなかったので。 
自分を思いやれる私、というものが、出てきたんだ、と思う。それが嬉しい。 
時間をかけちゃったから、しばらく通うけれど、それでも清々しいです。 
色んなことが早くできない人だけど、 
段々視界が広くなってきたように思えます。 
本も読みたいと思えて、実際読めている。 
それがとても幸せです。 

こんなことを数日思ってました。 
なので、アルバムはもう少し消化してから、 
怒涛の感想を書こうかな、と思っています。 
音楽を聴いても何にも感じられなかった日々はもう嫌だな。 
波はあるけど、自分がやりたいと思う事は誰にも気兼ねする事なくやろう。 
やっと、自分の人生について考えてるな、と思います。 

以上!


2014,05,31
----------------------

ここ最近で一番、
素直な自分が出た文章です。


1926157235_119
1926157235_2


毎日、小説を書かない日でも、
ちいさなことでもいいから文字を書くようにしている。 

こうしてキーを打ち込むこと以外に。 
大げさなものではなく、それは毎日のメニューをカレンダーに書き込むとか、 
予定や今日の体調を手帳に書き込むとか、そのくらい。 
よく文字を書くことは頭の体操になると聞くけれど、 
慣れて、同じ言い方だけれど習慣になってしまうと、 
頭の体操としての効果は半減されるような気がする。 
なので、そこを重視するよりは今日はこのメニューだったけど、 
このメニューを作ったのは前回いつだっけ、とか、 
そういうふうに工夫をしてはいる。 

それでも明らかに物忘れが多くなってきて、 
うんうんと考えて数時間後には言葉が出てきてすっきりはするのだけど、 
そのときにはもうその話は終わっていたりする。 
こういう敏捷性は確かに年齢と共に失われているな、と実感する。 

この間(昨日だ)、母の薬に少々変化があり、 
病院に電話、施設に電話、という苦手なことを、 
立て続けにしなくてはならなくなり、頭がこんがらがりそうになった。 
とにかく、話の基本に戻ろう、と考える。 
なかなかうまくはいかないけれど、説明が伝わればいい。 
何も言わずに察してもらおうなんていう自分の甘えがでなければ、それで。 
とにかく電話をするときの私は、らしくなく神妙な面持ちになってしまう。 

そして、病院でのやりとりを終え、 
間に主治医がいなくなり、朝から連絡していた用事は夕方までかかった。 
最後の電話。施設に説明する。これだけになった。 

私は名乗った。 
あちらもわかって、看護室に繋ぎますね、と、そのまま保留音になった。 
その保留音の音楽がサティの「Je te veux」だった。 
保留音としてはよく聞くものだけど、 
今の私には割と特別な音楽なので、 
おお、と感慨深くなり、聴き入ってしまった。 
しかも結構長かったんだな。 
そして突然切り替わり「もしもし」と看護士さんの声が。 

動揺。 

私はいつもこの保留音が鳴ってるとき、 
何とかそれまでの話をまとめようとする。 
そこが根こそぎ、飛んでしまった。 
とりあえず挨拶をし、たどたどしく薬の説明。 
気づくとカレンダーに自分がこれから言うことを無意識に書き込んでいる。 
多分、この書き込みながら話す、というのが落ち着くのだろう。 
動揺しつつ、40数年生きてきて初めて知った。 
無意識にコードを指に絡ませたり、 
近くにあるものに落書きしたり、というのはよく聞く話なので、 
私もそういうクセを持っていたんだな、と変に感動した。 

そしてすべての用事が終わり、 
夕飯も後片付けも終え、パソコンを前にして、 
ツイッターにそのことを書こうとした。 
そのときに、 
出てこなかったんだなあ。 
保留音って言葉が!ああもう。くやしい。 
一番書きたかった、いわば映画でいう、 
クライマックスのシーンに必要な言葉だったのに。 

結局、病院と施設間でのやりとりは事なきを得たので、 
本来そこが安心するべき事柄なのだけど、 
そこを越えてあとで思い起こすと、 
本当に一番くやしかったのは、失念してしまった、 
「保留音」という言葉だった。 
まだくやしい、と思ってるうちは大丈夫かな。 
それともこれも「もう少しゆっくり」なんていう、 
メッセージだったりするのかな、なんて。 
たったこれだけ書くのに長くなった。おおぅ。 
 

1926157235_40

----------------------- 

画像はイメージ。 
古い電話、誰かからの電話を待つ女性(リマっち) 
ちなみに「Je te veux」はエリック・サティ作曲で、
フィギュアスケーター、町田樹くんの今季のエキシビション。 
大澤さんがらみでサティを知り、キャッチーなメロディーに惚れ、
そこからサティは私にとって、クラシック界のアイドルです。
でもって、私はこの「Je te veux」でイメージした小説を以前書いたのですが、 
まったく違っていて、人の感性っておもしろいなあ、とまた感動したのであった。 

いやでも町田くんのエキシはまだ断片でしか観ていないので、 
ぜひともテレビ放送に期待したい。(最後話変わっとるがな) 


◆ ◇ ◆

この後、動画サイトにてエキシビションの「Je te veux」を観ることができました。
まともに観られたのは昨日(6月8日)なので、新鮮です。ぴちぴちです。
柔和でほろ苦く、エスプレッソのようなプログラムでした。


この間更新してから早いもので、
既に一週間経ちます。
いつもは2~3人ほど訪問がある、
この辺ぴなブログですが、
「SSOI in 札幌」に行くということについて書いたとき、
一日、400人という破格の訪問人数になりました。
一番驚いたのは私であります(笑)
ご訪問、どうもありがとうございました。
もしもこれがご縁となり、
あ、このブログ読めるじゃん、など、
ちいさなことでも思ってくださったら、
アイムソーグラッドです。(ルーか)

私自身は、
「SSOI in 札幌」に出かける直前くらいから体調を崩し、
未だ若干ではありますが本調子ではありません。
しかし何と言うか、無駄な時間を刻んでいた時計が止まり、
これから意味と言うものがついてくるよ、という第二の時計が、
新たに動き始めたような心境です。
わかりにくいですね。ごめんなさい。
こういった説明や喩えが下手な部分はいつも勉強して、
上手になれたら、と思うところです。

そんな今日は、
かかりつけの医師にアイスショー行ったよ!ということを伝えました。
(もちろんこんな言い方ではないが)
うまく伝わったかどうかはわからない。
まだまだ時計は動き出したばかりだ。

けれど、説明というものを疎かにしない、
どれほど些細なことでも、
理解してほしいと思ったなら、
自分の心を知ってもらうことを諦めたくない、
というお話をしました。
若干、先生がお疲れの様子だったので、
少々語るのが憚れましたが、患者が考えることでもないだろうか、
と、邪念というものは隙があればついて出てきます。

そこでまた話したことを思い出す。
邪念があるときでも、正直調子がいまひとつであるときでも、
どんな私でも、これが今の私であること。
まぎれようもなく、嘘のない。
その事実を曲げずに暮らしていきたい、と言った。
こんなふうにまとまりはしなかったけれど、
こういうことを話した。
先生、記憶してくれているだろうか。
でもきっと私の話し方とか顔つきとかを見たら、
第二の時計が動き始めたことに気づいただろう。

今日はとても風の強い、
今年一番、暖かい日でした。

そんなこんなで、近況から先に書きましたが、
こちらを訪れた方に心から感謝いたします。
読んでくださっている、
そう思えただけでどれだけ励みになることか。

新ためて、
どうもありがとうございます。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。 

PS / 
一番肝心なことを書き忘れました!
私が今回、札幌行きを決めてから携帯のメモ帳に入れて、
いつでも不安になったとき見ていた言葉がありました。 
いつのインタビューか記憶していないのですが、
町田樹選手の話していた言葉です。

 正直、状態が良くなくて、
 こういった時にどう戦うか、
 大きな試練です。 

もちろん立場が全然違うので比較はできませんが、
現在の自分の気持ちに装飾も、気負いもなく、素のままで、
こういうふうにどんな状況の自分も冷静に見つめていて、
弱い部分をさらけ出しているというのに、ある種の強さを感じました。

そういうものを私も求めて表現していけたらいいな、と、
これから生きていく第二の時計に必要な部分だと思い、
彼の言葉がとても参考になりました。
もちろん、今も。 


tumblr_n0q0oxiPtM1rrezwbo1_500

今日は…。
疲れました。ひたすら疲れました。

母の病院でした。
婦人科で検査後、そこでは問題がなかったので、
紹介状を書いてもらい、同病院内の泌尿器科へ。
ベッドに寝かせたり起こしたり、
衣服を着せたり脱がせたり、と久しぶりにして汗だく。
これを3年ほど毎日やっていたとは。

9時半から14時までかかり、
母ももちろん当事者で疲れたと思うが、
私もぐったりだった。ふたり分。
帰宅後、頭痛と肩こりが酷く、横になった。
そうだった。
私も体調を考えなくては。
とりあえず、薬などは普段飲んでいるものを、
きちんと用意しておこう。

そんな訳で、今日は細かい事を調べる気力がない。
・・・と言うのは言い訳で(笑)
今日も色々初めてのことが多くて、
それでもやらなければ進まなくて。
そんな状況だった。
何にも調べていない訳じゃない。
前もって細かすぎるくらい調べて、考えている。
けれど、札幌に行ったのは20年以上前のことで、
行かないと判らないこともある。
それこそ決めてかかり、それだけ、という観念に縛られたら、
何か違うことがあった時、臨機応変、という対応ができなくなるかな、
なんて、思った。  

それから、
こんな疲弊する事があったのだから、
私の人生において今日は悪い日か、というと、そうではなく。
むしろ、悪い日と決めるのが良くないとも考えた。
悪いことがあるから、良いことが起こるのではなくて、
いやなことは起こるし、良いことも起こる。
良し悪しはただの結果として、ただ受け止めればいいかな、と。
(悪いことを良い、とまでは思わないまでも)

そんな訳で今日は何だか普通の個人的な日記で、
SSOIについては何も書いておりませんが、
こんな日もあるね、ということでひとつ。
今宵は、暖かいものでも飲んで早目に寝ます。

じゃ、また明日! 


◆ ◇ ◆

上画像はTumblrより。
少々色っぽい画像ですが、普段の幸坂が選ぶのはこういう画像です。
美女大好きなんです(力強く) 


juwel box1


こんにちは。幸坂かゆりです。
外はすっかり秋も深まり、徐々に雪虫の姿も見えてきました。

今月19日、一日だけですが横浜にいる私の友人が、
北見市に来ておりました。
数日前に電話をもらって「~~日に帰るよー」と言われたとき、
正直、昨年申し訳ないくらい楽しめなかった自分を思い出し、とても困った。
けれど北見にいるのはたった一日。私と会うのは21時以降。

いくら私が鬱っぽいと言ってもその時間なら何とかなるんじゃないか。
何より断る方が絶対に良くない。
そう思い、19日21時が来るまでの数日、
生きた心地がしなかった。
ほんとうにこんなこと書いて申し訳ないんだけど。


当日、行きつけの店が土曜日なのに休み、という、 
心情的には前代未聞の事件が起こった。
店探し、とい最初の緊張とはまったく別の所に意識が飛んだ。
しかしそのおかげか、どこか緊張が緩んだ。
行き当たりばったりの雰囲気だけで選んだ初めて入るお店で、
友人と互いに、わー、とか言いながら周りをきょろきょろと見渡した。

お店は、とても感じが良く、騒がし過ぎず、静か過ぎず、
おいしくて手頃な値段。そして食器も素敵だった。
そこで軽くアルコールを入れたので体もほぐれてきた。
そのお店を出た後は近くのファストフード店に移動。
カフェ・ラテを注文し、閉店になる3時まで居座った。
その間、とにかく友人も私もしゃべった。
もちろん、そのときも緊張感はあったけれど、
でも、久しぶりに心の底から笑って、とても楽しく、
作り笑いのない時間帯を過ごせた。

前回、友人に会ったのは昨年11月で、このブログにも書いている。(ココ
そのときももちろん、会えること自体は嬉しかった。
しかし私はそのとき、母の介護真っ只中で、
その日もショートステイに預けている状態だった。
友人は新しい仕事を始めたり、長年付き合っている恋人と籍を入れる、
と、いう話をしていて、まぶしくて、淋しくなって、離れてから心がふさいだ。
あの日のように、楽しそうに笑っていても、
ひとり取り残されたような思いはしたくなかった。

だから今回も一日限定とは言え、
いや限定だからこそ怖かった。次の日の挽回ができないから。
・・・普通小学校からの友人と会うのにそこまでも考えないと思うんだけど。

帰りのタクシーの中、眠りにつくベッドの中、
自然と微笑を浮かべて話した事柄を反芻できたことが、
本当に本当に嬉しくて幸せだと感じた。

次の日、やっぱりどっと疲労が来て、
半日起きられなかったけれど、
それでも気持ちは穏やかで、鬱が来なかった。
友人も無事に帰途に着いたとメールがあり、ほっとした。

今回、会って話をして、言葉をやりとりして、自分という存在が確認できた。
母を施設に預けてからずっと私はもう自分が晩年にいるように感じていた。
けれど、40代の女性でありこの年齢にある悩みを等身大として捉えることができた。
そこには友人の聞く耳を持つ力も大きい。
話を熱心に聞いています、という病人相手のような相づちでもなく、
ただただ、普通に頷き、疑問は疑問として投げかけてくれる。
友人の、平等に正しい態度。敬意を表したい。大げさでも何でもなく。


◆ ◇ ◆ 

ここに直に書き込むのは久しぶりです。
最近はずっとmixiからの転載でページは写真も絵もなく何となく殺風景だった。
今日は久しぶりだし、画像を入れます。 

※ 画像はクリックすると大きくなります。


taka


以前書いた、小塚崇彦選手の記事を、
ツイッターにて紹介していただき、
新たに色んな方が読んでくださいました。とても嬉しく思います。
どうもありがとうございます。

あの記事は、とても素直にありのままに柔かく書けた文章でした。
私の言葉で、彼の持つ魅力が少しでも伝われば、
という想いで書きました。なので、本当に感謝しています。
あ、いやしかし少々、変な事書いてないよね?
怒られないよね?(ビクビク)という気持ちもあります。

そんな訳で。
今シーズン、フィギュアスケートは終わってしまいましたね。
いつもシーズン中は夢中で更新できません。
そして、小塚くんの滑りが非常に恋しいシーズンでした。
彼は今右足の甲を怪我していて、その様子もあまり情報が入らなくて、
わからないんですよね。だから余計不安で。
けれど、今月イタリア・ヴァル・ガルデナで行われた大会では、
不安な足元なんかではなく、滑って、ジャンプもステップもしなやかで、
がつんと優勝をかっさらいました。
現地まで駆けつけたファンの方の暖かくエネルギーに満ちた声援も、
彼の心に 火をつけたのではないかな、と思います。
そして、その映像もまた、公式サイトさん、現地に行った方のもの、と、
ふたつ、アップロードしてくださっています。
正直、時期的に違う大きな大会がテレビで放送されて、
そちらが話題になっていたので観られないかな、
と、思っていた矢先だったので本当に嬉しかったです。

まずは観てもらいましょう。
彼の滑りがどれほど深く戻ってきたか。


◇ ◆ ◇

Takahiko Kozuka JPN
Val gardena spring trophy 2013 senior men short
 



 

Takahiko Kozuka JPN
Val gardena spring trophy 2013 senior men free
 

 

 
◇ ◆ ◇

この試合の動画を観ていた時も、
またまた個人的にきつさ満開の時期で、
顔文字で表すと「×_×」こんな感じでしたが(いる?ここw)
きつ過ぎて涙も出ない状態で、多分こんな状態だと悪い感想というか、
意地悪な目で観てしまうかも、という時でしたが、
いざ観ると、ジャンプミスなどは惜しいとか思わず、そのミスも含めて、
今の小塚くんだな、と思い、心の中が静まり返って、
彼が滑っている、ということだけで満足して、
画面に向かって拍手をしていました。

今観るとフリーの後半、かなり辛そうですよね。
しかし色気を醸し出すスピンやなめらかな滑りに見とれます。
ミスにしても大会だからこそ目につくのでしょうが、
いたたた!これは痛いだろうなあ、と心配する以外、
全然気になりませんでした。
そのジャンプミスのついでに、
私の辛い気持ちも一緒に吹っ飛ばしてくれました。
いえいえ、すべて冗談ではなく人を無にさせてくれる事柄なんて滅多にない。
それがまったくの他人である場合においては余計。

なのに小塚くんの滑りは簡単にそれをやってのけちゃうんだなあ。
不思議だなあ。本当に。彼は私にとって仙人だ。
来シーズンは靴に悩まされる事なく、まっすぐ仙人の道・・・じゃなかった、
ソチへと向かって行けたらいいな、とファンのひとりとして、
心から思います。がんばって。応援しています。
 
上はAnastasiya Bochkarevaさまの画像です。 
クリックすると大きくなります。
この、ふんわりと空気を抱え込むような手の表情と、
淡い微笑が素敵だったので大会と関係ないのですが掲載させてもらいました。 


※9月15日に下書きしたものです。
そして小塚くんの話のようで個人的話題です。

taka_theice_2012


昨夜、初めてテレビの画面で小塚選手の今季エキシビションを観た。
サイモン&ガーファンクルのサウンド・オブ・サイレンス。
動画サイトではすでに夏ごろ観ていたのですが、
まともな文章がどうにも書けなくてここまで時間が経ってしまった。

個人的な事を中心にして書いてしまうが、
ずっとこのブログでも書いているとおり、
母の介護で心身ともに疲れていて、
感情的にさせられるのがいやで、
テレビ、主にドラマや映画などを避けていた。
音楽も少しだけ聴けない日々が続いていた。
その中で、フィギュアスケートも多分試合なら観られなかったと思う。
個人的に好きなものを受けつけなくなるなんて悲しすぎる。
なので、半ばむりやり好きなものを観ようとした。
そんな感情が一秒でもあったかなかったか。

観た瞬間、釘付けになった。
瞬時にすべての煩わしさが消えた。
そんなふうに私を私に戻してくれたのがこのエキシビションでした。

サウンド・オブ・サイレンス(以下、Sound~)は、
さらさらと流れる音楽で、心良く聴けるけれど歌詞は意味深。
とてつもなく孤独感を漂わせる印象だった。
そんなさらさらとした砂漠のような渇きの音を、
小塚くんは、ひとつひとつ丁寧に拾い、
沈黙の中に音の花を咲かせてゆくようだった。
小塚くんの持つ独特なクールさも手伝い、
その花は瑞々しいけれど限りなく冷めるように蒼く、
一層、孤独を感じさせ、それが却って私の現在の心情に沿ってくれた。

華やかで楽しさに満ち溢れたものが眩しすぎて、
陽の光や音楽でさえ拒んでしまうほどの寂寞感を、
小塚くん演じるSound~は、優しく包んでくれた。
そしてこの曲がこれほど滑りに寄り添うとは思わなかった。その部分、とても驚いた。
私にスケートを語る術はない。そこまで詳しくない上に、勉強する気力も今はない。
そんな中でこれほど言葉にならないのに、惹きつけられたことに奇跡を見る。

2012 13 Skate America Exhibition Gala
※以前載せた動画が消えてしまったのでスケートアメリカでのEXを。 


彼の持つ老成された雰囲気。
これは間違いなく心の傷を癒してくれた部分です。
なぜこれほどまでに、負を感じさせず、しかも前向きすぎないものを、
彼は表現できるのだろうか。不思議でならない。


piper_perabo_2010


大澤さんのファンの方なら、
既に知っているであろうオンライン・インタビュー。
密林さんのブログにURLがあり、そこから飛んで、
読ませていただきました。
遅い、私、めっちゃ遅い。消化するのが。(涙
そのインタビューはこちら↓

eo音楽 大澤誉志幸インタビュー

新しいレーベルになってから第一弾のアルバム、
「水月鏡花」について語っております。


で、私はついクセで自分の状況と重ね合わせてしまうのですが、
ちょうどこのインタを知る前の日、母の病院に行っていた。
先生に母の近況を伝え、薬について話し、
私から母への態度は良いものなのか、という疑問についても話した。

最近の私はとにかくテンションを上げて話すようにしている。
母には常に笑顔で、喋る時は聞こえやすいように大きな声でゆっくり。
そして小さな事でも何か動いてくれた時「ありがとう」と言う。
そこで先生は「ああ、それは良いですね」と仰った。
「一番言わないと伝わらない言葉です。どんどん言いましょう!」と。
頷きながら不覚にも涙が出そうになった。(出さないけど)
それすら良い事なのかもわからなくなっていたから、
先生の言葉は、曇り空から光が差す、そんな感じがした。

帰途に着き、夕飯もお風呂も済ませ、
みんなが寝ついた夜、ネットを繋ぎ、このインタビューを知った。
「そして僕は途方に暮れる」の作詞家、銀色夏生さんと、
25周年ぶりにタッグを組み、作った「そして僕は~」のその後の曲。
「それからの君は」についても話していた。


 (中略)「ありがとうと僕は言っただろうか」という歌詞に象徴されるように、
 感謝の気持ちを近しい人に言ってないんじゃないかなというメッセージです。
 家族、友達とか恋人に「ありがとう」という気持ちをもっているか?という問いかけ。
 (文/櫻井一哉氏)


一番言わないと伝わらない言葉。
一番親しい人にこそ、言いにくい言葉。
けれど言った方も言われた方も安心する温かい言葉。

これまでどこか、母の病気に対して覚悟を決められなかったが、
腹をくくった矢先だった。
過去の母の面影ばかり見ていても仕方がない。
たった今「ありがとう」と言える場所に大切な人がいる。
私はそれを伝え、一方的に面倒を看る、というのではなく、
共に暮らしていく大切さに気づいた気がする。
自尊心、傷つきやすい心、本物の笑顔、
落ち着いて見つめていると母の表情には様々な感情が溢れていた。
逃すわけにはいかない。何もせずに後悔はしたくない。
「ありがとう」という言葉を母に言うのを選んだのは私だけれど、
大丈夫、それでいい、と包んでくれたのは先生と、
何より、離れているはずの大澤さんの言葉だった。
同じ日に同じ言葉の重要性を説いてくれた偶然の神様は、
母を更に受け止めよう、と、しっかりと思わせてくれた。

だから私はまた「ありがとう」と思い、言葉にする。
大澤さんの「それからの君は」は、実際男と女の物語だけれど、
真理を突いた言葉と懐かしい音楽は、
もっともっと広い意味を含んでいるように思う。
普遍的な人間の感情として。
まだまだ泣くのは早いと思う。
そしてできるなら嬉し涙を流したいと思う。
明るく、諦めない。


  景色は変わっても 消えないものがある
                 ――― 銀色夏生


----------------------------------------------


思いっきり自分に寄り過ぎの記事になりました。(開き直り)
その日、何度も「それからの君は」を聴きました。
歌詞と大澤さんの歌の抑揚はスポンジのように柔かく心に沁みました。


水月鏡花
水月鏡花
クチコミを見る


Polina Semionova



私の住む街もさすがに暑さが続いている。
うーん、7月も後半になるのか。夏が終わるのは淋しいな。
もう少し暑い日があっていい。
今年は今あるTシャツを着倒したいなと思うのです。

人間って些細な出来事で、
急にがつん、と行動力が起きたり、
今まで失っていた興味を取り戻すこともあるのだな、
と、思ったので書いてみます。超、私事です。
最近7分丈のスウェットパンツを購入しました。
その履き心地の良さに色違いでもう1枚購入。家用に。
薄いのでこれ1枚で外は出られません。 

膝下にゴムが入っていて、ぐっと絞ったデザイン。
おへそを覆うくらいの股上。家にいる時に履きやすくあらゆる動きができる、
と、いうのが条件で選んだものですが、期待以上でした。
なぜなら、そのパンツに薄いTシャツを合わせ、
髪をアップにしたら(暑くて)バレエ魂が蘇ったから。
観るあほうでもあるが、踊るあほうでもある私は、
幼少時代からとにかく踊ることが好きだ。
だがしかし、悲しいかな、運動オンチ。
すぐに息切れして体力のないことも原因と言えば原因ですが、
バレエをやっていた頃、いつもの先生が来られず若い先生が来たことがあった。
先生が変わると教え方ももちろん違う。
しかもその若い先生は現役のバレエダンサーだったので、
教える際、言葉に専門用語が多用された。

いつもの先生の教え方は先に踊ってみせてくれて、
「はい、どうぞ」と生徒に踊らせるというものだった。
私はしょっちゅう振りを忘れ、余計に慌てて息が上がった。
しかし踊りがうまくなりたかった+本好きなのでバレエの本を読み漁り、
バレエ用語とその動きは頭で理解していた。つまり用語でなら踊れる。
ダンサー先生は、ひとつひとつの振りを用語、例えば、
「はい、プリエ、ドゥミプリエ」と、言ってくれるので、
私はそれを言われたとおりにこなすのですが、
頭で理解したことが体にも反映され、しかも失敗なくできると、
体力も持つ、というのが実感できた。
何と体が動いてくれることか、と感激すらした。
わからないとその分、体力も奪われ、のぼせを起こさない日はなかったので、
初めて、楽しく音楽に乗って踊れたのは、とても楽しかったし、嬉しかった。
たった一度しかなかったことだけれど、私には鮮明な記憶として、
心の中で輝き、やはりバレエが好きだと胸が熱くなる。
その時の先生のレッスン着が細身のクロップド丈の黒いパンツだった。
華奢な先生は可愛いキャミソール型のレオタードにそのパンツ、
髪型のお団子もぴたりと小さな顔に映え、美しくも可憐だった。

楽しいレッスンも終わり、みんなで玄関を出ようとしたとき、
先生はレッスン場でひとり、練習を始めた。
さすがはプロ、というすさまじく激しい動きだった。
床は生徒がたてたことのない音で溢れた。
躍動感のある高いジャンプにスプリット。
降りたときの、だん!と響くシューズの音。
回転するときのきゅるきゅるという床の擦れる音。
私も生徒さんたちも見惚れてしまった。

長くなりましたが、そんな訳でクロップド丈のパンツ、
しかも薄いスウェットだとどうしても思い出し、
深夜になり、ひとりであの頃のように、ストレッチ、バーレッスン、
そして音楽を心で思い(音楽をかけると深夜なので迷惑になるため鼻歌で)
フローリングの床を蹴り、足を伸ばし、回転してみる。
もちろんうまくはできない。けれどやりたいという気持ち、
その思いが巡って来たことが、とても嬉しかった。

----------------------------------

で、上の動画へと辿り着くわけです(長いな)
彼女が着ているレッスン着のボトムが今回愛用のパンツに似ています。
少しだけダンサー気分を味わえるのでそこも大事です。
動画の可憐な彼女の名前はポリーナ・セミオノワさん。ロシアのバレエダンサー。
1995年、高円宮杯(バレエコンクール)で彼女の存在を知りました。

最近、日本の車のCMにも出ていた方なので、
バレエファンでなくとも知っている方も多いかと思います。
細いけれど、手足が長く柔軟性のある筋肉が素晴らしい。
ドラマティックな音楽とともに、踊る喜びを感じるこの動画が大好きです。

↑このページのトップヘ