※この文章は、とあるWebの公募に応募したものです。落選してしまいましたがこの日のことは今でも瞬時に思い出すことができます。ひとつの思い出としてブログに残しておこうと思いました。
uchi_sora
20代後半の頃、現在のカフェのような軽食喫茶に勤務しており、
仲の良い女友達が仕事帰りに時々寄ってくれた。その日もそうだ。混雑した昼も過ぎて客の減った店内で私は少々疲労があったが、何かを言いあぐねているように見えたのでしばらく自然に任せて黙っていた。やがて彼女の方から口火を切った。

「あたし、結婚することにした」

彼女とは小学校から高校に入るまでずっと同じクラスだが性格は正反対だ。私は内向的。彼女は好奇心旺盛で行動力がある。そんな私たちは行動範囲が違うので一緒にいることは少なかったがなぜか気が合い、ふたりで旅行などに出かけた。20代になると彼女は同じ職場でアルバイトをしている大学生の恋人ができた。彼とは喧嘩と仲直りを繰り返しながらも続いていたが大学卒業後は実家のある街に帰ると言う。彼の実家は海を越えた遠い場所だが彼女に一緒に来て欲しいと言った。つまりプロポーズされたのだ。しかし彼女はこう答えた。
「結婚なんて考えたことなかった」
私と彼女の気の合う部分に、結婚に憧れを抱いていないという点がある。そのため、他の友達が婚活などの話を始めるといつも饒舌な私たちが困って黙り込んでしまう。それが突然現実として彼女の眼前に迫っている。私はただ彼女の戸惑いや葛藤を聞くことしかできなかった。

そして彼女が考え始めてから数週間経ち、出した答が先ほどの言葉だ。私はメレンゲが溶けていくようにまろやかな気持ちになり、瞬時に『おめでとう』と口に出していた。海を越えた街で暮らすことを選んだ彼女に、心から幸せになって欲しいと思った。彼女が店を出た後、スタッフに『先を越されたな』と冷やかされたが、もしも言われたのが私ではなく彼女なら辛辣で的確な言葉を返すだろう。彼女は彼について行くのではなく彼と一緒に暮らし、一緒に何かをしたいと考えたから決めたのだ。そこに先も後もない。
そこから双方の話はすぐに決まったが出発にかなり日にちがあったので『少しの間ここでバイトしない?』と話を持ちかけると彼女は喜んで提案を受け容れた。

ところが、同じ職場で終始一緒にいるようになると、元々の性格の違いが炙り出されたように彼女は信じられないほど感情的になった。普段何を言われても冷静に言い返せる彼女が雑誌の占い如きに涙ぐむようになり、同様に普段気にしないようなことに怒りを爆発させた。感情の波が激しくなった彼女のどこをどうなだめたら気持ちが落ち着くのか把握できず、私はしばらく彼女を友達だと思うのをやめた。毎日は殺伐としたものとなり、気軽に一緒に働こうなんて誘ったことを悔やんだ。そのままで彼女のバイト期間は終わった。

すると、憑き物が落ちたように私たちの仲は元に戻った。何の理由もなく突然に。私は彼女にバイト中の様子を伝えると、彼女も自分の何かがおかしいと感じながらどうすることもできなかったのだと教えてくれた。そこからはふたりで反省し合い、歩み寄り、きちんと話をした。彼女だって感情の起伏くらいある。それは私にも言える。今回のことで私たちは初めて苦い経験を味わった。けれどもう何のわだかまりもない。そしてあれはマリッジブルーだったのかも知れないと今なら思う。

出発当日、私はあらかじめ見送りはしないと彼女に伝えて店にいた。しかし突然彼女が店にやって来た。
「え? どうしたの? 飛行機の時間大丈夫?」
「皆さんにもお世話になったから」
彼女はスタッフ全員に挨拶して回り、私の前に来たところで立ち止まった。
「今度......」
彼女が改まって言葉を止めた。
「うん」
「遊びに来て。いつでも気軽に」
彼女は私の手をぐっと握ってから店を出た。窓から彼女の後ろ姿を目で追うと何度も振り返って手を振ってくれた。私も彼女の姿が見えなくなるまで手を振り返した。

その後、彼女は離婚したが帰ってこなかった。とても住みやすくて面白い街だからと言うのが理由だ。現在40代になった今も私たちは飛行機に乗って互いの住む街に会いに行く。変わらずに話は弾む。おまけに年齢を重ねて話題も増えている。遠い街でひとりになって歩く彼女は世間と言う遮るものを素早く翻し、とてもしなやかだ。いくつになっても楽しく笑い合える女友達。沢山の経験を踏まえた私たちは絶対これからの方が楽しくなる。そう確信している。

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信頼のおける「おんなともだち」を持つのは宝だと思っています。それは心から強いものです。その強さは常識をアップデートしない人たちの言う「女は強い」という概念ではなく、竹のようにしなる臨機応変さだと思うのです。「me too」運動も起こる昨今、時代は見えないところで変化しています。
「おんなともだち」は細やかで勇気があります。
時にきつい真実を投げかけ、時にそっとしておいてくれる。そして私からも発する彼女たちに対する細やかさや伝えたい言葉も受け止めてくれます。年を取った時、自分で稼いだお金、保てるだけの健康、おんなともだち、と言う三種の神器が存在してくれれば、鬼に金棒、基、悔いなく笑ってあの世に逝ける気がしています。そんなことを自らの経験から今回のテーマで書いてみたいと思いました。