
小川洋子さんの「余白の愛」を読み終えた。
何日か前に読了していたのですが、なんというか動けなかった。
頭の中を言葉に変換できずにいた。最後のページを読み終え、
ぱたん、と静かに本を閉じ、表紙を見つめたまま。
言い表せない感情が、ふつふつと湧いてくるのがわかった。
もう少しで泣き出しそうな一歩手前。いや、こころでは泣いていたのかもしれない。
小川さんの小説には「心」をふたつ用意しなければいけない。
現実を読む「心」と幻想を読む「心」。
何だかめちゃくちゃな言葉だけれど私にはその必要性があった。
読んだのは「余白の愛」以外に「完璧な病室」と「薬指の標本」の2冊だった。
小川さんの初期の小説たち。読後感が3冊とも同じ表情だった。
代わり映えしない、とかではなくて、そのすべてが静かに細かく進んでいくので、
感情があっちこっちに彷徨ったりしないのです。
けれど、先に書いた「ふたつの心」を用意しなければ、
それはただ単調だったり、意味を考えすぎてしまったりする。
幸運なことに私は小川さんの小説がとてつもなく、
アドベンチャーであり、サスペンスであり、ラブストーリーに思えた。
本当にとても静かなのだけど。それは、深夜に雪がしんしんと降り積もる様に似ている。
実際、読み終え、窓を見ると雪が降っていた。ひらひらと踊るように。
まるで小説の世界をこの世に引っ張り出してしまったかのようだった。
私にとって衝撃であるはずのこの作品たちは、初めて味わうものなのに懐かしくて、
やっと恋しいものに出会えた、と感じた。
そこで目には浮かばない「心」の涙が溢れたのでした。
私は物語の中に恋のように入り込み、
読むページが少なくなっていくことに、悲しさが襲った。
それは「余白の愛」の主人公の女性の感情そのままだった。
ラスト近くに出てくる、
「戻りたくても、戻れないのよ」
という、主人公の言葉は、まるで私自身に言い聞かせているようで、
きりきりと苦しいほどに私の胸を締めつけた。
悲しいけれど幸せで、すべての感情が混ざり合い、
私の中でくるくると回る。今も回り続けている。
多分、ぼぅっと物語の中にいるのだろう。
だから私は今夢の中でこの言葉を書いているのだと思う。
夢を見ているのに、目は冴え冴えと醒め、
もう一度命を与えられたような感覚に陥っている。