先程、ゴザンスに今回のテーマを投稿しました。
「思う存分、推敲、校正をして下さい」との、特集の2回目。
今回のお題で本当にゴザンスの今の形式は終わる。
リストに入れさせていただいているライターさん達のブログを覗くと、
やはり皆さん複雑な心境を語られている。私も未だ、複雑な心境だ。

そして、今日投稿した作品のタイトルは「淡い色の花」です。
当時のテーマに則って書いた時は、全3話という長い物語だった。
けれど、今回見直すとやはり削る所が沢山ありました。
当時も送った直後に「ああ!ここ直したい!」と激しく思った箇所がありました。
そんな訳でありがたく直す事ができました。
その「淡い色の花」ですが、以前このブログで主人公は私に似ている、
と、ちらっと書いた事があったのですが今日書いてて違う事に気づきました。
本当に似ているのは私の姉でした。

今日、久し振りに姉と二人で買い物に出掛けてそう思った。
姉とは2つ違いで小さな頃はケンカばかりしていて、
特に優秀だった姉に私は、劣等感を常に抱えていた。
姉は元々とても真面目な人で私が学校を休んで部屋で音楽を聴いていたりすると、
とてもきつい目で睨まれた。

秩序を重んじる考え方だった為か、社会から外れた人間を認めない硬さがあった。
そんな姉も、今は結婚して子どもも二人いる。
私達は今とても仲が良い。何故なら互いに丸くなったからだ。
卒業して社会に出て、自由になった。私も姉も挫折を覚えた。
そこでやっと、心から姉妹になれた気がするのだ。

自由になった姉は心の柔らかい人だった。
人の気持ちをよく理解できて、温かい意見が言える。
姑さんとも色々あったが、結局体を悪くした姑さんは、
そんな温かい姉に、自分の息子よりも頼りにしている。
そんな風に年を重ねていく度に、柔軟性を増す姉が眩しい。

姉が小さな事で笑って、幸せを感じてくれるのがとても嬉しい。
知らず知らずの内に友人のような関係になっていた。

今日、新たにその小説を書き直して読んだ時、
実は私の中ではこの物語はある意味、裸になった物だと思った。
静かで、何の変哲もないヒロインの日常を切り取っているから。
起承転結というものが感じられない。
駄作だと言われても仕様がないかも知れない。
けれど、この物語を書いている時物語の方から試されているような気がした。
ごまかせないよ、と。物を書くという事は自分を曝け出す作業だ。
自意識過剰であるとも言える。
それでも書きたい。自分のすべてを暴露しても構わない、
そう思えるから書けたのだと思う。

姉と私は本当はよく似ていた。
外見もナイーブな面も。
だからこそ、それを小説に投影するのが怖かった。
書く(描く)という表現は唯一、姉と違う面だ。
だからそれが失敗すれば、自分を失くすような事だとさえ思った。

小説を書くようになってからと言うもの私は嫉妬心の固まりのようだった。
誰かがゴザンスに、素晴らしい小説を発表した後、立ち直れないほど落ち込んだ。
そんな時の私は何もできなかった。
書けない自分が歯痒くて悔しくて、そして原因はすべて自分にあるという事も知っていた。
今でも勿論、悔しい思いはする。書く以上仕方がない事だと思っている。
ただゴザンスを通して何となく解ったのは私は私のやり方で書くしかない、
と言う当たり前の事実だった。少しだけふっきれた気がした。
切羽詰って書く事だけが、大切ではないから。

焦っても仕方がない。そう思ったら日常を少しだけ楽に考えられる。
私はまだまだだけど、少しは柔らかくなれたような気がしている。
柔らかくなったら色んな可能性が出てくる。

私は何だってできる。
ただ人より時間がかかるだけだ。
そう思う事で少しずつ歩いて行けるといい。