2021_真犯人フラグ_ラストの原稿
ひとつのドラマを追うのは久しぶりだった。
半年という期間、毎週このドラマを見てきた。理由は勝手に主演である西島秀俊さんのファンで「西島祭」と称して、色々作品を観てみようと思い立ったことと、このドラマの端々に文学が散りばめられていた所に魅かれたからだ。しかし「作中の現実」は想像を遥かに超える心の痛みを伴い、ラストは、心が千切れそうな喪失感があり、それでも、同時に浄化されるようだった。


  

『真犯人フラグ』(2021年10月10日 - 2022年3月13日、日本テレビ)は「考察ドラマ」と位置付けられたドラマのチームが制作と言うことで、その時と同じく、散りばめられた伏線を回収するため、考察をする人々でSNSが賑わった。私自身はこのドラマの打ち出すものとは裏腹に、考察要素を省いて観ていた。

オープニング映像は、デヴィッド・フィンチャーの『Seven』(1995)を思わせた。
細かく切り替わる映像と暗めなアート感がとてもかっこいい。筋書きは妻(こちらは子供たちもだが)が失踪し、残された夫が世間からバッシングを受けるという部分で、同監督作品『Gone Girl』(2014)を思い出した。事件収束自体は『Seven』並みのショッキングなものだったが、ラストは違った。

色々ばら撒かれているけれど、この物語の核となるのは大学時代からの友人として三人の男友達だと思う。主人公、相良凌介(西島秀俊さん)、河村俊夫(田中哲司さん)、日野渉(迫田孝也さん)。共に大学時代、文芸サークルに所属しており、彼らがサークル誌に寄稿した若い頃の小説のタイトルは結構禍々しい。(「蠢く臍の緒」「懺悔の小道」など。ちなみに古井由吉の著作「ゆらぐ玉の緒」なら知ってるぞ。)多分、彼らが若い頃は現在、文豪と呼ばれる作家のような、一筋縄では行かない愛憎を含む物語を書いていたのだろう。

事件について待ち合わせる場所の店名は『至上の時』(中上健司の小説タイトルの一部)。
店主は脱サラして店をオープンさせた日野。この店が自分の人生の完結作だと話す。凌介は大学時代のみんなの憧れだった女性、真帆(宮沢りえさん)と結婚し、子供に恵まれ、家を新築中だ。そして、河村は日本で一番売れているゴシップ雑誌の編集長をしている。そこに凌介と同じ職場で働く二宮瑞穂(芳根京子さん)や、凌介の娘の恋人である橘一星(佐野勇人さん)が協力者として加わる。もちろん、この後色々と問題は起こるが。

もう随分時間が経ってしまったので結末に触れていきます。
失踪事件は三つに分かれていた。子供二人は後に救い出されるが、真帆は世間が公にした頃には既に死んでいた。殺害した真犯人は河村だった。結果的に河村だけが若かりし日の愛憎の文学物語から抜け出せずにいた。もちろん思うだけなら問題はない。本来なら心にしまっておくか、自分で傑作を書くしか凌げない。河村は、文学に於ける才能が豊かで何もかもを手にした挙句、文学を捨てた(と思い込んでいる)凌介を妬みながら羨んでいた。だから大切な真帆を奪って殺した。仕上げに、大袈裟な演出で真帆の遺体と凌介を対面させ、憎しみや殺意を自分に仕向けるよう、挑発する。しかしそもそも挑発するという思考そのものが、凌介の中にはほとんどない部分だったと思う。

クライマックスでも、凌介はただ棺の中で眠る真帆だけを見て、真帆の亡骸に話しかける。
ここは凌介の性格を考えた時、とても自然な行動だ。彼はそれまで様々な憶測が流れようと、自分がどんなに酷い目に遭おうと、ただ真帆に会いたかった。そして形は違えどもやっと会えた。話したいことが山ほどあっただろう。真帆にひたすら話しかける場面は傍から見ると一方的に見えるが、凌介の中では会話が成立し、カウンセリングのような役目を果たしていたと思う。そこで初めてこれからを生きるためのテーマに辿り着き、本を書こうと思ったのだろう。

喩えだが物を創る人に対し、以前の作風の方が好みだった、と現在の作風の変化が好みに合わなくなりファンという席を立つ人もいる。しかしその空席には、また新たな誰かが座ることもある。生きていれば変化は当然だから。しかし以前の作風を忘れられず、距離を置くのではなく認めず動かそうとするファンがいるのも事実だ。そうなると創作以前に一人の人間に執着してしまうことになる。
河村がそうだった。河村は、表面的には生き方を変えたように思える凌介という人間に固執していた。固執と言うのは人を惑わせる。ひたすら円の中をぐるぐる回り続けるからだ。けれど私は思う。創作と生き方は自由なものだ。そうでなければ、と。

作中、凌介は頼りなくお人好し、という描かれ方をしているが、全篇見返してみると、案外言うべきことは言葉にしている(簡潔かどうかはともかく)。しかし本来持っている優しい性格が、彼をお人好しと言う人物にさせてしまっている。ドラマの最終回後、Huluで配信されたアフターストーリーにて、凌介もまた文学に関して挫折をしていたことが判る。それは河村にとって激しい悔恨の念に襲われる真実だった。けれどその挫折を知らなければ、多分凌介は真帆と一緒になっていなかったし、もしかしたら河村と同じ思考でいたかも知れない。

挫折を経験し、生き方を変化させたからこそ暖かい家庭を築くことができた。
それこそたまたま幸せになった訳ではなくて、真帆と一緒に努力をして作り上げた家族だと言うのが、そこかしこのシーンで描かれていた。そう言った意味でも、凌介は小説とは別の部分で創作を捨てていた訳ではないのだろう。一人の時間は大事だが孤独とは違う。人はずっと一人では生きられないのも凌介は既に理解していた。

何かを考える時、行動する時、誰かと関わらなければ決断もままならない。
ただ依存とは違う。依存は人を縛り付ける。人との関わりは信頼がすべてだ。信頼によって心は安定し、解放させることができる。それはパートナーでも友人でも誰でも。感情を言葉で伝え合いながら日々を過ごすことだ。このドラマはそのように生きて来た凌介の温かな眼差しで幕を閉じる。

僭越ながら、個人的にドラマで小説の話が出るごとに私自身と重ね合わせていた。
私も自分の書く物のテーマに日々変化を感じて来ていて、もう以前のように書けないのでは、と不安に駆られ、以前の自分と現在の自分が常に頭の中でせめぎ合っていた。しかし心の経験が増え、深みを増した時、テーマや作風の変化は自然なことだろう。

凌介を見ていて、身近な大切な人にどれほど小さくても生き方に変化が起こった時、意見を聞く耳を持ち、コミュニケーションを交わせるだろうか、と自分に問いかけた。コミュニケーションと言うのは大袈裟なものではないが難しい。心の変化に気づいたことを、先にも書いたが言葉にして伝え合うこと、そうした連絡を繰り返して行くことが、暮らしを、延いては人生を創り上げて行く。けれど時折忘れてしまう。そんな綻びで呆気なく失ってしまうこともある。ただ、もしもそれで離れてしまっても、人は別れても別れても誰かと出会う。いつだって変化する渦中にいるのだ。私は創ることと愛を同列に考えている。

そして改めて思うのは、たくさんの登場人物がいること。
このドラマの凄い所のひとつに、すべての登場人物に主要なシーンがある所だ。どれほど悪事であろうと、彼らが登場する場面に来るとみんなそれぞれが主人公になる。端役というものがない。演者のことを考えないとできないことだろうと思います。
真犯人を追うドラマではあるけれど、そこに集まる人間たちが織り成す関係や、過去から連なる物語を描くことは外せない部分だと思っております。みんな始めはちいさな嘘で、隠し事だった。それらを明かさず秘めてしまったことから悲劇が重なった。けれど人の数だけ人生があり、感情が動く。相手を思いやるからこその悲劇だってある。このドラマを観賞できて良かった。素晴らしかったです。偏った感想ではありますが絶対に書き残しておきたいと思いました。


   

そんな訳で(長いw)
心臓に悪い半年間ではありましたが(失礼か)最終回を迎えてからは時折、好きなシーンを選んでは繰り返して観ています。個人的に、随所に登場する食べ物がとても美味しそうなので夕飯の献立の参考にしました。すみれさん(須藤理沙さん)、光莉ちゃん(原菜乃華さん)、篤人くん(小林優人くん)の合作と言ってもいい、鶏むね肉塩麴カレーマヨソースとかサクサクのコロッケ、真帆から菱田さん(桜井ユキさん)に受け継がれたがめ煮、一星(佐野勇人さん)と光莉ちゃんが出会うきっかけになったパン、あんバターフランスとか。あ、書いててよだれが出て来そうになりました(笑)

ちなみにドラマのタイトルはもちろん視聴者を意識し、マーケティングした上でなくてはならないのでこのようなタイトルになったと思いますが、十分、文学的なタイトルでも似合うと個人的には思っています。ああ、1話から思いついたことを語り尽くしたいところですが、このままだと終わらないのでそろそろ筆を置きます。ここまで読んで下さり、大変ありがとうございました。

主題歌はNovelbrightが歌う『Seeker』という曲です。
歌詞を読むと、身につまされるような想いに駆られます。とても情熱的で良いです。



※メーカー特典付きDVDには凌介の職場、亀やん急便のボールペンがついて来ます。

「真犯人フラグ」DVD-BOX
宮沢りえ
バップ
2022-08-03


※もう売り切れておりますがこういうムックが出るほど話題になったのですね。



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冒頭の画像は、最後のシーン。
真帆に捧げる物語の1ページが既に始まっている。きっと優しい小説だろう。読みたい。