First Kiss

幸坂かゆり Weblog


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柿原朱美さんのアルバム。
イメージでとても甘く優しいサウンドを創る人だと思っていた。
しかし、この「yes」は辛口でした。
彼女の曲はあまり知らなかったけれどインスピレーションで。

そして出会ったアルバムが、この「yes」でした。
クールなピアノが打ち込みの音と重なる。
儚い高音の声が囁くように響く。
歌詞も寂しげなものから、誘惑するようなものまで多彩。
けれど、はっきりと彼女の強さが滲み出ている。
ビジュアルも素敵でジーンズに下着姿のみのカット、
上半身は裸、というもの、その細い体にぴったりと吸い付くようなワンピース姿も。

印象的なのは「Blue Apple」の歌詞の写真でした。
禁断の果実に触れてしまった恋人達の曲ですが、
彼女は文字通り青の中に横たわっている。まるで赤ん坊のように丸くなって、
辛い恋にがんじがらめにされた女性のように。目を見張るような憂いの瞳。
彼女の両手は頑なに自分の世界を守ろうとしているようにも見える。
「私は惑わされない」という意志のように。

インタビューなどで、このアルバム制作のために、
それまでのやり取りをメールで打ち合わせて、
何から何までを決めて、ロンドンに一人で行ったという。
そして今までにない緊張感の中に身を置いたと語る。
そして尊敬するピアニスト、デオダード氏との共演。
その嬉しさと厳しさがこのアルバムにそっと見え隠れする。

全体的にクールだけれど「Girl」という曲は、
学生時代の甘酸っぱい思い出のよう。
振り返りながらも前に進んでいるような微笑ましく、胸がちくりとする名曲です。
きっとこのアルバムを制作して彼女は成長したのだろう。
歌詞カードの最後のページでは、その美しい裸身で顔だけ振り返っている。
そこにはやり遂げた自信が垣間見える。振り返るという事ができるのは、
どんなに嫌な自分も受け容れる事ができる人間だけだから。

その後、彼女は「aK」と呼び名を変えるが「yes」で纏った自信が生んだのだと思う。
彼女の肩や背中、指先の爪のラインに美しい獣のような野心がちらりと見える。
音楽は感じるもの。私は感じるものに対して下手な批評はできない。
けれど気に入った音楽にyesと頷く事はできる。

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yes
柿原朱美
EMIミュージック・ジャパン
1998-09-23


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以前モデルさんをしていた安珠さんが、
撮影と文章を手がけた小さな写真集を読みました。
「小太陽」と書いて「こたよう」ちゃんと読む。
タイトルにも小と太陽の間に「さな」と入っているが本当によーく見ないとわからない。
その小太陽ちゃん。表紙を見ただけでもう腰砕けになるほどキュートなのである。

写真集には、
まるく描いた文字。青空。鳥達。花々。大好きなもの。
その合い間を漂う小太陽ちゃんの姿。

獣医さんとのやり取りの所のみモノクロ。
唐突な現実感。けれどその空間は生死の場所であり、
いかに信頼しているのかがその文章から
そして小太陽ちゃんの表情から窺える。

小太陽ちゃんと出会う前は、
「暗く光がささないことも」あったという。
そして「そんなときが永遠に続く気がして怖かった」という安珠さん。
そんな恐怖を彼女は越えて来た。そして彼女は小太陽ちゃんに出会った。
一人で闇を越えた彼女は強い。
そんな彼女を支える小太陽ちゃんも強い。
見返りを期待しないひとりといっぴき。
そんな日常が切り取られている素敵な写真集です。

文庫本サイズのこの写真集は、
静寂と純粋さがきゅっと詰まったちいさな本です。
小太陽ちゃんは美しい。安珠さんの佇まいも美しい。
けれど細くて時々痛々しく感じる事もある。

その彼女をいつも帰宅して迎えてくれるのが、この小太陽ちゃんなのだ。
ひと(猫の?)の良さそうな顔をした小太陽ちゃん。
いつも安珠さんを見つめる小太陽ちゃんのビー玉のような瞳。
そして安珠さんの心も穏やかになる。
「空に輝く太陽と心をてらす小さな太陽がいてくれるのだから」
だから大丈夫、と彼女は言う。
愛しいもの。それは計れるものじゃない。比べるものじゃない。

私は個人的にこの本を見ると、
洗濯をしようとか、お風呂の入浴剤を替えてみよう、など、
生活が楽しくなることをしてみる。
そして生きることも少しだけ楽になる。

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今日、ゴザンスの感想スレッドに
私の小説に感想を頂いた。
「面白かったです。なんか変ないやらしさがステキでした。」
と、書かれてあった(笑)
その小説は「狂恋夏」というもので、私の小説では最も最近の作品です。
まったくもってその通りです。爽やかさがまずない。
エロティックだし、実際じゃ犯罪だ。だからその褒め方はぴったりです。
でも言われなきゃ判らなかった。ああそうか!と思わず膝を叩いてしまった。

けれど、気をつけたいのはあくまでも冷静に情景を描くこと。
こちら側で興奮してものを書いたって、それは読者を醒めさせる。
それから変な音を書かない。余計な描写も省く。ラブシーンなどは特に。
ただでさえ甘ったるいシーンが更に甘くなり胸ヤケを起こしそうになる。
とどめ(?)は、後できちんと自分が赤面せずに読めるか。
自分の物は後で読みたいので…

私も自分の世界を作っていけたらいいな。
書いている内に段々、初期の頃とは、作風がかなり変わっていると思う。
まだそれが良いのか悪いのかは判らないけれど、
私も自分だけが持つ世界を作っていけたらいいな。目標です。

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この写真のベアールとフランソワ・クリュゼがいやらしくて好き(笑)
ベアールの表情がいい感じです。頬がほんのり赤くて。
映画は「L'enfer」邦題は「愛の地獄」前半はかわいいベアールがたくさん登場しますが、
後半は嫉妬深いにもほどがある旦那に心身ともに暴力的に追い詰められて、
目の下に隈を作って怯える顔つきに変化してしまいます。痛々しい…
終わりのないエンディングがもどかしかったけれど印象に残っています。


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先ほど「ゴザンス」に「ことばあそび」を投稿しました。
書いていて痛いほど自分の趣味がわかる!
今回も丸判り。タイトルは「指先の初恋」
奥手な恋愛の物語です。映画でも惹かれます。
プラトニックな愛ってとてもエロティックでいいな、と思います。

以前の映画でも「夏至」とか「青いパパイヤの香り」とか、
アジア映画ばかりですが、現代の設定よりそちらの方に惹かれます。
でなければ雰囲気が現代ではないもの。
あと悲しい怪談話、タイの映画「ナンナーク」が好きです。
すごーく好きなのは「シャンドライの恋」。せつない。
それからジュリー・デルピーとサム・シェパードの「ボイジャー」。
あの映画も悲劇なのに、セクシーです。日本では「たそがれ清兵衛」。
ただの羅列になってますが…

今観たい映画はお気に入りの女優、エマニュエル・ベアールの「かげろう」です。
私の住む街にはどうやら来ないようなのでDVD待ちです。
ん?もう出ているのか?後で調べよう。
ただ、私の好きな映画は官能的なものが多いので、
絶対に家族とは観られない。
それから私自身が、ぱぱっと観る事ができないタチなので
とりあえず観たいものは録画するか買っておくか。
でないと、廃盤になる可能性がある。
テレビで突如流されるドラマは99%観られない。恐い。
一週間くらいずーっと頭に残ってしまうので疲れるので。
自分のペースでなければ…
余談に走ってしまいましたが、私自身も露骨ではなく、
心臓を鷲掴みにされるような作品を創って行きたいです。

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写真は映画「かげろう」のエマニュエル・ベアールとギャスパー・ウリエル。
この写真、いいですよね。個人的にとてもツボにはまった写真です。


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物事の長さを表す時、特に小さい頃、
百年、という数字をよく使いました。

「百歳まで生きる」「百年経っても仲良くしようね」など。
最近、一青窈さんが「ハナミズキ」という曲の中で
百年、という言葉を使っていますね。
何かで読みましたが「百年じゃ中途半端」とか言われていた。

私は古いことが好きなのかも知れない。
ただ古いのではなくヴィンテージになりうる古さ。
時代遅れの持つ謙虚な美しさ。そしてその裏の恐ろしさ。
指きりとか、日本の盆景とか。おじいちゃん子だったので感化されたのかな。
私の父方のじいちゃんは、本当におっとりしたひとだった。
何を言っても怒らないひとで。私はそんなじいちゃんが大好きだった。
いつもふらりとひとりで遊びに来てふらりと帰って行った。
私と姉はそんなじいちゃんの歩いて行く後ろ姿を、窓から目で追っていた。
無事に帰り着きますように。その後ろ姿が、ただ、ただ、せつなかった。
幼心にそう思った。百歳まで生きていて欲しい、と願った。

実際ではなく、願いを込めた比喩が百年。
百が表す物は実際ではなくて、
永遠を願う気持ちと同義語だと思うのです。
百八つの煩悩の数と同じように。

だから、彼女の歌う「君と好きなひとが百年続きますように」は、
永遠を願う現実的な言葉なのだと思う。

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一青想 (初回限定盤)
一青窈
コロムビアミュージックエンタテインメント
2004-04-07


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田川未明さんの本をやっと手に入れた。

うう。これだから田舎ってヤツは・・・と文句のひとつも
言いたくなるくらい注文してから届くまでが長かった。
待ちに待ったこの本の表紙の人形に身震いした。

題名は「溺レルアナタ」また、ぞくりとした。
未明さんの書く女性は、どんなに動いていても静止画像のようだ。
昭和の映画を思わせる家や彼女達の佇まい。
地味とすれすれの美しいヒロインは、どこか、
異空間からやって来たように、落ち着いている。
一見、狂人のように思わせられる。

「家鳴り」の寝込んでしまった母親とその妹娘との関係。
「ニンギョヒメ」の中の“人魚姫には、なりたくない”と言いつつ、
充分、人魚姫のような美しさで人を虜にする妖しさを醸し出す祥子。
女性にまで恋慕されるなんて、恐ろしいほど魅力的だ。
「オリヒメ」での、“いそまくらの時を待つ”小夜子。
本の題名である「溺レルアナタ」の鈴。
文字通り、鈴に溺れてゆく来生が哀れでいとおしい。

彼女たちはきっとどんな暑い日でも汗をかかないだろう。
この表紙の人形のように。
ひんやりとした幻想的なこの世の人間。
未明さんの書く人物に、逢ってしまったらひとたまりもない。
それでも、一際鮮やかなモノクロの彼女から、
目を逸らせなくなってしまうだろう。
彼女はそんな人を、すい、と空洞のような瞳で見つけて、
手を差し延べるだろう。
その手をとった時、
こう言われるのだろうか。

   シカタガナイから、見ていてあげる。
   溺レル、アナタ、を。

きっとその人も、溺レル、と思う。
ひとはいつもどこかで、溺れる事を望んでいる筈だから。
溺レル、という悦楽の世界を。

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*陶器のようなジュリー・デルピー。
  彼女も時々人を、ぞっとさせてくれます。

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*「溺レルアナタ」/田川未明
 出版社 ブッキング
 ISBN 4835471253 2003年9月
 /1300 1365(税込)


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カーラ・ブルーニの音楽。
彼女はいわゆる、スーパーモデルだった。
しかし、何となく心底モデルという仕事に野心を燃やしてはいなくて、
どちらかと言えば、楽しんで暮らしていた印象が強い。

広い自分の豪邸で服のままシャワーを浴びて、
パフォーマンスを見せたり、トップレスを猫で隠してみたり、
私からすれば次は何をやってくれるんだろう、
なんて違う意味で楽しみな女性だった。
ミック・ジャガーと噂になった時は奥さんもいたので、
ドロ沼のようになったが、本人は至って普通に見せていた。
ごく普通の恋愛だった、と彼女の態度は語っていた。
だからこそ、今でも彼の曲を歌うのだろう。
ファンから始まる恋愛はもしかすると、
恋人よりも理解できるのかも。なんて、思った。

そんな彼女が自分のアルバムを出した。
「Quelqu’un m’a dit 風のうわさ」というタイトル。
ジャケットもギターと共に寝転がる、シンプルなモノクロ写真。
プロモーション・ビデオはレオス・カラックスが監督を担当し話題を呼んでいる。

モデルだからとか美人だからとか話題作りとかそんなもの。
あのスモーキーなハスキーヴォイスを聴いてしまえば、誰も何も言えなくなる。
性格的にも明るくてフランクだと聞く。もっと彼女の歌を知ってもらいたいと思う。
このとても品のあるキュートでスタイリッシュな女性の歌を。

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こんばんわ。
初めての日記です。
だからタイトルはどきどき。

うー。
PC初心者の私が
こんな大それた事をしても良いのだろうか?
恐・・・幽霊

でも何事も一歩、
踏み出さなきゃ始まらない。
携帯電話もデジタルカメラも
プリンターもスキャナーも、
何もかも持っていない私だが、
字を書く事は出来る。
感動する事は出来るハート

だから、
恐がりながらもやってみました。
変な失敗するかも知れないけど、

とりあえず、よろしくね笑顔

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写真のにゃんこは見えにくいけど、
うちの愛猫・ナナちゃん笑顔

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