First Kiss

幸坂かゆり Weblog

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バレンタインも終わり(なにもしていない)15日になりました。
今日2017年2月15日は、私が小説を応募した賞の締切日です。

実は文学賞のような公募をしているものに応募するのは初めてなので、
実に不思議な気分を味わっております。
自分の中で納得のいくものを仕上げて投稿したつもりですが、
なんの賞にもかすらなければ大賞を獲った方の作品を読み、
自分の作品と比較してみようと考えています。
自分の作風を変える訳ではなくてもしかしたら、
その賞の趣旨に私の書いたものが合ってないだけかも知れないじゃないですか(笑)
小説家を目指すということは心の中に山あり谷ありだと思うし、
何度応募して落ちたところで終える訳にはいかない理由がありますから、
賞が獲れなくても落ち込むところではないと思っています。

そんな訳で、唐突ですが昨年、私比でたくさんの小説を書いたと思うのですが、
好きだなと思うものと、あ、これは、と隠したくなるものなど多様でした。
2016年末に近づくにつれ、電池切れ騒動(私の中で)が起きていたので、
ほとんど全滅なのですが、色々書き直す設定や箇所がありつつも、
一番自分らしさを出せた小説がふたつありました。
お題小説なので当然お題ありきですべて自分の力ではありませんが、
お題を膨らませて溶け込ませて自分のものにするという結果を作ることはできたものです。
ひとつは「涅槃の子」
もうひとつは「咲き乱れる」
「涅槃の子」は非常に好評で、私も久しぶりに力の入らない小説が書けたので、
プロの方に講評してもらったところ、とても嬉しい言葉をいただきました。
「咲き乱れる」についてはそれほど手ごたえは感じませんでした。
もちろん批判を受けたわけではありません。
けれど投稿先のお題ブログの管理人さんが少し無理されてるかなと(笑)
寸評に気を使ってくださっているような印象は受けました。

私の目標とする文章は起承転結のはっきりした物語に重きを置くのではなく、
オチがあるのかすらわからない、なだらかな、けれど読み応えのあるもの。
もちろんはっきりとした指標はあってただつらつら書くのではなく。
2004年からネットで小説を書き始めてその後2014年頃、
何かに憑かれたように本を読み、その気持ちが膨らんでいきました。
そこからは何を書いても物足りず、その物足りなさに描写不足というものがあります。
説明ではなく描写。言葉にできないものを見えるものにすること。
多分、これは一生の課題だと思います。
これまでもマシかなと思えたのが上記ふたつの作品であって納得するものはありません。

過去に素人ではありますが、マンガを描いていていくつか応募したことがありますが、
結果は散々でした。自分でもこれは落ちるだろうな、と心のどこかでわかっていながら、
「せっかく描けたからもったいない」という甘えがあったまま原稿を送り、
当然ながらびしっと厳しい評価をしていただきました。
中学生だったのでとても傷つきましたが、あんなに稚拙な、
半ば投げたような原稿を読んでくださったことに感謝をしております。
マンガはそれからも批評に書かれた課題をクリアする努力をしつつ、
数作品描いて最終的に「少し古い」と言われたところで止めました。
マンガはよほどのことがない限り時代と共に生きていくものだと思っているので、
その言葉は私にとってマンガ投稿の終焉を表していました。

そこから紆余曲折があり、書かずにはいられない体質の私が思い出したのは、
あらすじに数ページかけていたことでした。
ここまで書くならいっそ小説にしたらどうかと思い、それが小説の始まりでした。
なので、私の書いた小説に時折「マンガのような」と形容されることがありました。
どきっとしましたがとても光栄でした。文章の頭に「上質な」とついていたからです(笑)
やはり経験は素直に表に出てしまうのだなと思いました。

勉強という言葉ほど小説を書くのに似合わない言葉もないと思いますが、
日々様々な「想う」感情やこれまでの経験に心を震わせながら、
書きたいことを可視化させ、これからも言動だけは偉そうに書いていこうと思います!(笑)

※上画像撮影 京ノ紅猫(クリックすると大きくなります)

クリスマス、と銘打ってあるのに思い切り過ぎております。
参加している物書きさん応援サイト「Mistery Circle」様にて、
今年のまとめ的賞が発表されました。
幸坂もいくつかいただいているので少し編集させていただき掲載します。

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《 2016 オススメMC 司会進行表 》

(1) メンバーさん達挨拶
(2) 管理人一同挨拶
(3) ナイスタイトル賞発表
(4) ナイスキャラクター賞発表
(5) ナイス名台詞賞発表
(6) 管理人特別賞発表
(7) 総合オススメ賞発表

ナイスタイトル賞 【 一位 】☆☆☆☆☆(星五つ)
Mistery Circle Vol. 63 《 涅槃の子 》 著者:幸坂かゆり
【 読者コメント 】
・はっと目を引くタイトルで、想像をかきたてられます……!
・続編は、“涅槃デルタ流人”でお願いします。
・仏教的な内容かと思えば、全くそうでもなかったのが逆に面白い。w

【 作者コメント 】
・「涅槃の子」に票を入れていただきありがとうございます。
 物語を書き終えたあともずっと「無題」のままでしたがこのタイトルをつけた瞬間、
 物語にも変化が生じました。今年書いた中で一番好きな物語であり、タイトルです。
 嬉しいです。どうもありがとうございます。

【 三位 】 該当一作品  ☆☆☆(星三つ)

Mistery Circle Vol. 62 《 咲き乱れる 》 著者:幸坂かゆり
【 読者コメント 】
・もう題だけでぷわーっと世界が広がります。
 【 作者コメント 】
・「咲き乱れる」に票を入れていただきありがとうございます。
 物語の内容、登場人物の気持ち、すべてそのものを表したつもりです。
 どこか中途半端な気がしましたが完成してからはとても気に入っているのでとても嬉しいです。

【 四位 】☆☆(星二つ)
Mistery Circle Vol. 64 《 砂時計の住人 》 著者:幸坂かゆり
【 読者コメント 】
・砂時計の使い方が上手いなと思いました。

【 五位 】 該当八作品  ☆(星一つ)
Mistery Circle Vol. 61 《 Mind Dance 》 著者:幸坂かゆり

【 総合オススメ賞 】
2015年度掲載作品の中で、「これはオススメ! 読んで欲しい!」と思える、
超ステッキーな素晴らしい作品に贈られる賞。

《 ☆ 星一つ作品 》
Mistery Circle Vol. 64 《 砂時計の住人 》 著者:幸坂かゆり
Mistery Circle Vol. 65 《 I Love You 》 著者:幸坂かゆり

《 ☆☆☆ 星三つ作品 》
Mistery Circle Vol. 62 《 咲き乱れる 》 著者:幸坂かゆり
【 読者コメント 】
・せつなさにやられました。こう言う愛もあるのでしょうね。
・文学ですね。不思議な感情に突き動かされる気がします。

《 ☆☆☆☆ 星四つ作品 》
Mistery Circle Vol. 61 《 Mind Dance 》 著者:幸坂かゆり
 【 読者コメント 】
・虚しさと優しさがたまらく感情を波立たせる。この作品は素晴らしい。
・なんなんだろう、この綺麗過ぎるバッドエンド感は。この作品だけは書く人を選ぶね。
  彼女だからこそ書けた作品なんだろうと思える。
・読み返して、そしてまたもう一度泣きました。心を込めての一票を贈らせていただきます。

【 三位 】 該当一作品  ☆☆☆(星三つ)
Mistery Circle Vol. 62 《 咲き乱れる 》 著者:幸坂かゆり
【 読者コメント 】
・もう題だけでぷわーっと世界が広がります。
【 作者コメント 】
・「咲き乱れる」に票を入れていただきありがとうございます。
物語の内容、登場人物の気持ち、すべてそのものを表したつもりです。
どこか中途半端な気がしましたが完成してからはとても気に入っているのでとても嬉しいです。

【 四位 】 該当一作品 ☆☆(星二つ)
Mistery Circle Vol. 64 《 砂時計の住人 》 著者:幸坂かゆり
【 読者コメント 】
・砂時計の使い方が上手いなと思いました。

【 五位 】 ☆(星一つ)
Mistery Circle Vol. 61 《 Mind Dance 》 著者:幸坂かゆり

【 ナイス名台詞賞 】
2016年度掲載作品の中で、印象の深かったナイスな名台詞に贈られる賞。

【 二位 】 ☆☆(星二つ)
Mistery Circle Vol. 61 《 Mind Dance 》 著者:幸坂かゆり
『狭いアパートの重いドアを開き、行儀悪く靴を脱ぎ捨てて部屋に入ると、ゆらめくように夜がやってきて部屋全体を闇が吞みこんでしまっていた』
 【 読者コメント 】
・台詞ではないけれど、この冒頭の一文には痺れた。
・この出だし、とても綺麗です。

Mistery Circle Vol. 64 《 砂時計の住人 》 著者:幸坂かゆり
『それ、きれいでしょう。魔法にかかってしまったのね』
 【 読者コメント 】
・こんな事言われたら買わずにおれなくないですか?素敵な一文です。

Mistery Circle Vol. 64 《 軌跡 》 著者:幸坂かゆり
『寂しさの真正面に立っちゃだめ。どうにかごまかして。そして生きて。生きてないと会えない』
【 読者コメント 】
・つらい毎日を生き抜く極意を鮮やかな筆致でさらりと。お見事です。

【 総合オススメ賞 】
2015年度掲載作品の中で、「これはオススメ! 
読んで欲しい!」と思える、超ステッキーな素晴らしい作品に贈られる賞。

《 ☆ 星一つ作品 》
Mistery Circle Vol. 64 《 砂時計の住人 》 著者:幸坂かゆり
Mistery Circle Vol. 65 《 I Love You 》 著者:幸坂かゆり

《 ☆☆☆ 星三つ作品 》
Mistery Circle Vol. 62 《 咲き乱れる 》 著者:幸坂かゆり
 【 読者コメント 】
・せつなさにやられました。こう言う愛もあるのでしょうね。
・文学ですね。不思議な感情に突き動かされる気がします。

《 ☆☆☆☆ 星四つ作品 》
Mistery Circle Vol. 61 《 Mind Dance 》 著者:幸坂かゆり
 【 読者コメント 】
・虚しさと優しさがたまらく感情を波立たせる。この作品は素晴らしい。
・なんなんだろう、この綺麗過ぎるバッドエンド感は。この作品だけは書く人を選ぶね。
 彼女だからこそ書けた作品なんだろうと思える。
・読み返して、そしてまたもう一度泣きました。心を込めての一票を贈らせていただきます。
【 作者コメント 】
・票を入れていただき、どうもありがとうございます。
 こちらは故・デヴィッド・ボウイ氏が亡くなったときどこか存在そのものが、
 この世のひとではないような不思議さを感じ、モデルにさせていただいて書いたものです。
 あのときのあの瞬間にしか書けなかったものだと思うので幸甚に思います。

《 ☆☆☆☆☆☆☆ 星七つ作品 》☆五つ以上はリンクが貼られる仕組みです。
Mistery Circle Vol. 63 《 涅槃の子 》 著者:幸坂かゆり
【 読者コメント 】
・罪の意識も何も持たない彼女の存在は憧れ。彼女の本来の棲み家は涅槃。
 この世の決まりごとなど知る術もない。美とグロテスクを意識しました。お気に入りです。
 掌編よりも短い物語なのでぜひ読んで欲しいです。オススメ!
・性と死。そんなイメージのこの作品。綺麗なのにグロ。禁忌なのに惹かれる。
 こう言う脆さが実に素敵。秀作です。
・とても落ち着いた筆致でありえない世界をしっとりと描きあげてくれる筆さばきがすばらしい。美は残酷さを内包してこそ輝く、そしてその輝きを閉じ込める尺の短さがいつもとてもぴりっとしていていい。

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…何ということでしょう。下書きに入れっぱなしにしたまま、忘れておりました。
なんかもうよっぽど電池が切れていたんでしょう(笑)
かなり遅くなりましたが載せます。はい。 

随分と時間をかけている「微エロ?で32のお題」ですが、
幸坂小説ブログ「L'oiseau Blue」にて28作目を更新いたしました。
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Planet Love
http://blog.livedoor.jp/y_yukisaka/archives/52268810.html

かなり時間が経っておりますので説明をいたします。
こちらは32個の小見出しのような短いお題があり、
そこから物語を膨らませて小説を書くというものです。
しかし当事(2006年頃?)投稿していたサイトが閉鎖。
その後、あまりにも私がゆっくりしているうちにお題元サイトも閉鎖。
途中まで書き上げたサイトは表示もされなくなってしまい、
タイトルやキャッシュなどで探し回って見つけ出し、
拙ブログに掲載し直しました。その頃の私はコピペというものを知らず、
いつもぶっつけ本番で投稿していたので下書きが残っていませんでした。
そんなこともあり2006年とは書きましたが、年月日については既に定かではありません。

そんな博打的な書き方をしていたことと、あまりにも時間をかけてしまったことで、
恐る恐る1作目を読み返してみると、書き方はもちろん感覚や思想というのでしょうか。
そういうどこか表現の仕方が違うため読んでる途中で激しく赤面しました。酷いです。
作者本人が赤面するくらいですから読者の方はもっと赤面すると思います。
そんな訳なので初期のお題小説はもう無視してください。
もっと言えば読まないでください!なかったことにしてください!(笑)
今はコピペ、下書きなどパソコンの基本は何とか憶えたので大丈夫です(今さらか)

今回は32作目中28作目、テーマは「撫で回す」でした。
撫で回す、という言葉から、うわエロいと普通に感じましたが、
32のお題当初のテーマである「微エロ」という部分をどんどん省きたくなり、
何作目からか、お題の言葉そのものは使用するとして物語は勝手に書くようになりました。
今回の「Planet Love」では舞台を冬に設定し、
「撫で回す」のは手の冷たさをほぐす、という描写になりました。
そしてここのところ、遠ざかっていた恋愛のジャンルになり、自分で驚いています。
少々SF風味ではあるかも知れません。慣れてませんが(あかん)

次回29作目のテーマは「愛撫」です。
何となく今回と被っていると思うのですが、自分なりに言葉の違いを解釈して、
一生懸命書いていこうと思います。
あと4作!とか一丁あがり!という書き方はしたくないのですが、
さすがにもう10年以上経っていると、書きたいものも興味も変化しているので、
できるだけ早く、書けるうちに終了できるのを私自身望んでいます。
もしもひとりでも読者の方がいてくれるなら幸甚に存じます。ぜひ、ご一読ください。

※上画像はTumblr
  『Sundiamonds of Life』 http://sundiamonds.tumblr.com/  より。

いきなりですが、
第65回Mistery Circle」さんにアップした私の小説に訂正がございます。
タイトルは「Lily's Mysterious Days」となっておりますが正しくは「I love you」です。
訂正前のタイトルが公になったときは本来のタイトルを恥ずかしく感じて、
諦めてしまいました。しかしその後、どうしても落ち着かなかったため、
もう一度管理人さまに連絡を取り直しました。このあと訂正してくださる予定です。
今もまだ以前のままになっておりますが、先にこちらで皆様にお伝えします。
個人的に裏側の見せたくなかった部分をお見せしてしまい、非常に残念に思います。
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そんな訳で2016年、締め切りのあるものはすべて書き終えたので、
自分が今年書いた過去の作品を読み返してみると、
ふと、スランプ時期が思い出されて冷や汗をかきました。
 
ものすごく苦労して「作った」形跡がはっきり読み取れてしまって。
多分、思うように書けないことからより慎重になり、
自分の思う「完璧」を作リすぎてしまったのだと思う。
だからどこかが過剰になる。オチがつき過ぎる。
もちろんそれはひとつの作品として失敗作とは思わないけれど、
でもどこか自分の設定する矜持に反しているので気持ち悪さがある。
小説の完成に安堵しただけで心が完成しない。
何かを書き忘れたように、ひどくざらざらとした感触のまま皮膚に残る。
そこで勝手に傷つき、落ち込む。疲れているのですぐ次に向かうこともできない。
次の作品に向かおうと思えるまでもどかしい時間を過ごす。

更に、書き終えて読者の目に触れてしまえば、
作品の判断は読者に任せてしまうので、
その悩み苦しんだ自分にとって、もやもやした作品だと思っていたものが、
案外読者受けは良かったりして書き手側は混乱する。
本来そのような乖離はない方がいいに越したことはないけれど、
なかなかそのようにうまくは行かない(もちろん逆も存在する) 
自分ひとりだけでも様々な側面が存在するのだから。

けれど、どこかで自分の文章のズレを感じ、矯正する。
慣れていくとまたズレが起こる。その繰り返しの中で、
触れたり、巡り合ったりして「よし!」と思うものが書けるのかも知れない。
どちらにしても色んな物事に触れていなければ、
触発されることもないので充電期間は必要で、
100パーセント充電されたらまた始動できる………と思います。

最後、ちょっと弱気になりましたが、
今年はさすがに書くスパンが短かったなと思います。
1年に6作書いたということは2ヶ月に1作の計算になるので、
充電中の時期があったのかも知れないにも関わらず、
むりやり放電していたのでしょう。
そのまま12月に入り、充電が追いつかずとうとう電池切れ。
充電中の放電だから漏電もしていたのでしょう。
突然ぷつん、と切れて何も書けなくなった。今現在その状態です。
もちろん、1年の間に素晴らしい本、映画、音楽、芸術等に触れました。
そこからせっかくいただいたパワーに対し、消化させられなかった。
感情が揺り動かされる大きな出来事もあったのに、
書くために懸命になりすぎてどこか心の片隅に置いやってしまっていた。

来年はきちんと消化し、充電する期間を設けようと思います。 
そうでなければもったいないし、愉しんで苦しめない(笑)
何よりも、満足できるものを書きたいし、読んでもらいたいから。

追記:
「Mistery Circle」さまサイトにて、
タイトルの変更が無事行われました。管理人さま、
お手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした。 

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参加させていただいているお題小説サイト「Mistery Circle」様にて、
今年最後の小説が更新されました。
今回いただいたお題。

起 どうして、恋愛しなきゃならないのかなあ。
結 冬の夜の冷たい闇に、ふたりぶんの白い吐息が解けて消える。

お題自体は念頭に入れつつ、台詞には登場しておりません。
テーマとして自由に書かせていただいております。 

「I Love you」(Lily's Mysterious Days 改題) 幸坂かゆり
http://misterycirclenovels.blog.fc2.com/blog-entry-472.html 

今年最後、ということであまり不吉な感じで終わりたくなく、
幾分ファンタジーな物語を意識したので暴力描写もなくR18でもありません。
ぜひご一読くださいませ! 

あとがきにも書きましたが、
私がMistery Circle(以下MC)さんに参加してから10年になります。 

以前、3作ほど書かせていただいたあと、卒業という形にしたのですが、
その後、サイトが閉鎖。しかし、そのときお世話になった管理人さんが、
もう一度復活させたいという趣旨のことを語っておられて、
そのときスランプ時期ではあったのですが、
以前、大変お世話になったので少しでも恩返しができたら、という想いで、
再び参加をさせていただいています。
書ける場があるのは大変光栄なことです。
スランプとか言ってる場合じゃないです。

このMCさんには本当に助けていただきました。
勇気ももらいました。正直、このサイトがなければ私は道に迷い、
もう書くことすらしなくなっていたかも知れません。
(その割には今回のはちょっと…いや一生懸命は書きました…はい)
お題、と言いながらお題無視で進行したり、
物語の中に溶け込ませるという掟破りを数々犯しておりますが、
ひとつひとつこつこつ書いてきた作品が自信へと繋がっていったものです。
これからも、スランプなどドアと一緒に蹴破って、
何ならスランプごと抱きしめてでも書き続けて行こうと思います。
今一度、宣伝ではございますが、ぜひご一読くださいませ。

◆ ◆ ◆

上画像は少々生意気ながら賢さを感じさせる女の子として、
モデルにしたリリー=ローズ・デップちゃん。

「ハピネス」 タケカワユキヒデ


11月17日、突然、ゴダイゴの音楽が聴きたくなり、
手っ取り早くYoutubeで探した(すいませんすいません)
しかし今いちばん聴きたいと思うアルバムの中の曲は当然見つからない。
けれどヒット曲や小学生当事大好きだったVo.タケカワユキヒデさんのソロなどが、
ひとつのチャンネルにて歌詞付きで見つかった。
安易にイイネ!とか押して違法だとしたら応援しちゃいけないよなあ、と思い、
チャンネル元に行き、リンクしてあるサイトに飛んだ。
すると本人さまのオフィシャルサイトだった。
しかも「11月17日更新」と書いてあった。
(現在は11月24日のインフォメーションに纏められています)

聴きたくなったジャスト当日、ブログ更新日でした。うおー!タイムリー!
何とか落ち着きを取り戻し、安心してその歌詞付き動画をツイッターにてつぶやいた。
曲は馴染んでいるし懐かしいけれど過去に知っていたと同時に、
過去と言ってしまえないほど彼の曲には思い入れがあります。

タケカワ、と恥ずかしさから呼び捨てで呼んでいたタケカワさんは私の初恋のひとであり、
数日前気づいたばかりなのですが私の「お兄ちゃん欲」を満たしてくれた存在でもある。
個人的ですが、あらためて考えると私がファンになる人は年齢に関わらず、
自分が勝手に「兄っぽい認定」をしている人なんだな。
さらに超個人的になりますが、私がタケカワさんの音楽を必要としていた時期は、
両親の事情で引越しが重なったり不登校になったり、心身ともに不安定な時期だった。
それこそ家でも外でも自分の居場所がなく何もかも蚊帳の外のような状態。
自分が悩んでいるのかもわからないくらい混乱していた。
そんなときに引越し続きで配置すらごちゃごちゃしていた巨大なステレオで、
それでも無理矢理聴いていたのがタケカワさんのソロアルバム「Lyena」だった。
当事はレコードでした。引越し中、ステレオが使えないときも、
親戚の家を訪ねる機会があれば持参し、そのおうちにてかけてもらった。
なぜあのときあれほどタケカワさんの音楽を欲していたのか。
多分、私にとって彼の曲は子守唄だったのだろうと思いました。

今現在も数ヶ月前から不安定になり、自分でも何がそれほど不調なのかわからないまま、
過ごしてきて、ふとタケカワさんの声がまた聴きたくなり、先のチャンネルにて、
がぶがぶと水を飲むように1曲ずつすべて聴いた。
タケカワさんが今でも現役でしかも今月26日にニューアルバムを発表し、
今後、ライブも予定されている。
唯一、幼い頃の思い出を共有している姉にこの偶然を話すと、
感激のあまり涙ぐんでいた。ドーナツ屋さんで。

そしてそのお水がぶがぶ的タケカワさん欲求(書き方おかしい)は、
今日(こんにち)も続いており、以前のものでまだ聴いたことのなかった楽曲を気に入り、
ダウンロードしちゃった♪ 「I Love you」って言うんだぜ。直球だぜ。
数年前にも突然タケカワさん返り(だから書き方g)したときがあった。
そのときのことはあまり憶えていないけれど定期的に訪れる。
いやただ単にファンである気持ちが継続しているだけかも知れないけど(笑)
それでも日付けやアルバム発売間近だったという偶然は、
それまでまったく触れていなかっただけ驚きを感じてしまうのです。

Youtubeのチャンネルは「amenityinc」という名前で、
ここは公式のタケカワさんの事務所の名前です。
歌詞付き動画には「僕シンvol.2」と書かれてあって、
どうやらそれはライブのようで「僕とSing Together」の略でした。
歌詞は、黒色、青色、赤色と分けてあり、
色にはそれぞれ、タケカワさんがひとりで歌うところ、一緒に歌うところ、
(ファンの)皆さんだけに歌ってもらうところ、と表記してあります。
「皆さんだけに歌ってもらうところ」は何気にハードルが高いです。
ひとりだと歌う勇気が出ません。タケカワさんはS属性でしょうか。

それにしても名曲揃いです。
そこから流れてちょっと他の若き日のタケカワさんの動画なども見ましたが、
今この年齢になって見てみると子供のときとは目線が少し違っていました。
色っぽいところがあったり、わかっててやってる的なかわいいあざとさがあったり(オイ
歌の合間に下唇を噛むくせをあらためて見てはどうしようもなく甘い感情に捉われます。
きっとまた人生の岐路で私はタケカワさん返りをしてしまうことと思います。
そして、その度に元気なタケカワさんが幸せに歌っていてくれていたらいいなと願います。
幼かったあの頃、あんなに惜しげもなく笑顔をくれる人というのを私は知らなかった。
幸せをありがとう。今だからこそ恥ずかしくなく言える。


◆ ◆ ◆

ところで大人になってあらためて見たことで突っ込んだ部分もありました。
私の個人的イメージでどうしても「君」「僕」という言い方が似合うと思っているため、
「おまえはとてもワンダフル」というタイトルを見つけたとき、
瞬時におまえ言うな、と思ってしまいました。すいません。
そして懐かしの森永ネクターやハバナチョコレートのCMに至っては、
自分の顔が色んな色に染まり、汗も火も噴き出ました。
多分その勢いは銀河鉄道999の窓をかち割り無賃乗車してしまうほどでしょう。
うん。「愛って奴は言葉や数字じゃあらわし切れないミステリー*」ですよね。

※ニューアルバム。ライブ音源のようですね。
 伸びやかですてきなジャケットです。↓


 
※デモ音源が聴ける贅沢なシリーズも出ていました。↓

HOME RECORDING DEMO ARCHIVE SERIES VOL.1
タケカワユキヒデ
G-matics
2010-08-25

 
※デモ音源シリーズ8作目。↓ 7作目の曲は視聴できます。良いです!

HOME RECORDING DEMO ARCHIVE SERIES VOL.8
タケカワユキヒデ
(株)ディスクユニオン
2011-04-27






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*歌詞引用 「ハピネス」 作詞 / 奈良橋陽子、山川啓介(1979年)

「三つの癒し 2 『感情をアップデートする』」 その3です。

これまでどれだけの感情や感傷、感動など溜め込んでいたのだろうと思う。
こうしてみっつ目を書けるところまで来れたことを嬉しく思います。さてみっつ目の癒しは、町田樹さんの新しいプログラム「Ave Maria」でした。(実際の彼のブログでの表記は「"Ave Maria” by Chris Botti」です) 忘却の彼方にむりやり押しやっていた寂しさを思い出させてくれた映画、その経験を忘れずにいてもいいと背中を押してくれた音楽、次に私を癒してくれたのは「浄化」による昇華でした。



町田さんのこのプログラムはまず情報を一切シャットアウトしてまっさらな気持ちで鑑賞しました(放映のない地域だったので動画鑑賞になりました)もちろん、このプログラムを今こうして書いている「三つの癒し」の記事にするとは夢にも思わなかった。思考が停止するほどの美しさと静寂に、あっという間に飲み込まれました。

周りがうるさく思えてたまらないとき、もしかしたら自分が自分のようでなくなっていて、
そんなもどかしさが他人に投影されているのかも知れない。創ることを人生の中心に据えて生きていたら時折、現実や日常と言う壁にぶつかる。生活の重みに比べたら芸術や美術は軽く見られてしまう。けれど本気でやりたいこと、伝えたいこと、それが溢れたとき、人は一線を越える。情熱で周りを降参させてしまうことがある。多分それが本物の持つ力でそれは恐れていてはできないことだろう。

だから私もあと一歩でいいから足を出してみる。震えながらでもいいから。
練習と言う場数を踏み、付け焼刃で行う訳ではないと心の中で思うことが最強の呪文になる。そう。失敗も成功もやってみなくちゃわからないけれど練習ならいくらでもできる。今回2作の小説を書く上で珍しく習作というものを数本書いてみた。すべては同じお題なのだけど物語がすべて違うものを5作ほど書いたがどれも上滑りしてちっとも面白くなかったのでボツにした。そのとき影響を受けたものに似ていたものがあり、それがどうにも納得できなかった。芸術も小説も古(いにしえ)から続くものだから、今さらどれにも似ないということはできないけれど、それでも自分なりの意志や感情として自分の名前をクレジットして表したいものがある。そこに辿り付けたら、例え周りに駄作だと言われようが(傷はつくけど)後悔はしないだろうと思って、一生懸命書いた。それが今回の「砂の中の住人」であり「軌跡」だった。

そして、こうして悩んでいるとき頭に浮かぶのはアイスバレエダンサーと呼んでしまいたくなるような美麗な身のこなしのフィギュアスケートを滑る町田樹さんです。彼は現役時代から色々計算をしてきた…と書くと人聞きが悪いな(笑)自分の信念や言葉遣いを決して曲げず、良い意味で周りに迎合せずに意志を貫いている人。結果、少々強く感じるようになった個性には慣れない人からの笑いが起きることもある。でもそれが笑って済むものではないことは真剣に見ていればわかる。彼が作り上げてきたものの新鮮さは、これまで見たことがないほど強く彼自身を放出していた。信じているものを本気で演じる人はとても魅力的だ。だから強く魅かれる。彼は間違いなく他の誰に似せることもなく、自分の考えを貫きながら進みたい方向へと向かっている。

「"Ave Maria"by Chris Botti」は2016年10月1日にたった一度だけ(ゲストスケーターだったので)公演されたプログラムで、イタリアのトランペッター、クリス・ボッティの演奏する音楽を使用していた。聖母マリアのアイテムでもある青の衣のような照明の色、彼女が天に還って行った時、受胎告知を信用しなかった人間のためにするりと落としていった青い衣と降り注いだバラ。聖書で知ったマリアは嘘も不貞もすべて赦す人だった。

随分前のことだけれど知人が突然、聖母マリアの何が偉いの、と言っていたことがあった。
「たかがキリストを産んだだけなのになぜこの人が崇められるのかわからない」と。調べれば?と思ったのは後のことで私は咄嗟に知人の言葉に傷ついてしまい、何も言えなかった。今思うと口惜しい。聖書は宗教として信仰している人にとっては命のように大切だけれどそうでない人にとってはフィクションの物語だと思う。私はそう感じている。けれど私が傷ついたのは、命を生む、息を吹き込む、というのは大きなことだと思うからだ。「たかが」と言ってしまえるものじゃない。

仮に、あの日に還って議論するなら、まず聖書は物語であること。
マリア以前に彼女の母親が既に不思議な力を持っていたこと。現代の言葉で言うなら超能力のようなもの。彼女がマリアを産み、その力はマリアにも宿った。そして力があったからこそキリストという立場の人間を産むことを選ばれた。「選ばれた」のだから普通じゃない。けれどそこまで説明するのも億劫だったのでそのまま知人との話を終えた。もちろんその頃の私は折伏する力も持ち合わせていなかった。私にとって聖母マリアはアイドルのようなイコンだった。だから「たかが」と呼ばれたことに傷つき、怒りもあった。私はマリアを美しいと思い、見つめていたいと思っていた。ただ芸術や創作が宗教と違うのはそれを布教しないということ。個人の強い想いが芸術や創作活動を支える。

おっと、少し話が散らかってしまいました(笑)
私は勝手ながら町田樹さんにそんな個人の想いを重ねた。あのときの知人の言葉の傷は町田さんの存在によって少しずつ癒されていくのを感じる。癒された傷は痕として残るけれど痛みは消え、暗い思考も思い直す余裕ができ、思う存分愛することを自分に赦すことができるようになる。そして芸術へと昇華する。もしかしたら「生む」ということは、傷をつけられ、癒し、昇華する。そのことの繰り返しなのかも知れない。私はこれからも私の愛する物や思考を愛し続け、不意に耳に入る雑音に思考が歪んだら軌道修正をしながら表現していきたいと思うのです。端から真剣に取り組んでいる人を見て嗤う人には、結局何を言っても理解されないだろうな、と最近やっと自分と他人を切り離して考えられるようになりました。多分もう大切なもの以外を強く非難したり抗議するには時間が足りないのだと思う。今ある時間は大切だと思うものたちへと向けていきたい。

ええと。
長々とだらだらと大いに書かせていただきました!本当に個人的な健忘録のようなものですが、最も忘れたくないことでもあります。もしも読んでいただけたのなら、そして少しでも共感していただけたのならとても嬉しく思います。 

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(注)一部、仏教などの宗教用語が混じっていますがここでは宗教としてではなく「表現」として使用しています。同様に宗教に関する事柄に対し、的確ではない言葉も用いておりますが故意にそのように表記しています。ご了承ください。

三つの癒し 1 『寂しさと向き合わない』」その2です。

前回も書きましたが、お題小説が更新されてから感想を書くのに随分時間がかかってしまいました。しかもあのふたつの物語を書く上で私の中にみっつ、大きな影響と癒しがあったのです。一時は時間もかかったことだし、もう書くのは諦めようかなと思ったのですがこれほど大きな影響がみっつもほぼ同時に起きたことは奇跡だと思い直し、これからの自分のためにも書いておこうと思った次第です。どうかお付き合いください。

「軌跡」という物語にはお題小説なので当然お題があった訳ですが、少し物語全体に溶け込ませて文章としては入れない方向にしました。わがままを言うとお題がない方がもう少しわかりやすかったかなと思います(笑)事実、今現在の私はあまり恋に大きな比重を置いていないので、主人公が恋を失くして彷徨っている、という描写は完全に一人歩きしてしまいました。彼女を熊も現れる田舎の夜道から救い出す相手に最初考えたのは男性でした。それで一端完結したのですが、言いたいことが歪曲してしまったので1からやり直しました。

ヒロインの相棒探しをしていたとき偶然耳に入ったのが宇多田ヒカルさんが椎名林檎さんをフィーチャーして歌った「二時間だけのバカンス」(2016年9月28日発売アルバム「Fantôme」より)でした。ミュージックビデオにはふたりの楽しそうに過ごす時間、規則正しさを表すような記号やアイテムの数々、そしてせつなく時間ぎりぎりまで抱き合うふたりが映し出され、日常から抜け出すことで日常を営む難しさを実感するような素晴らしい映像でした。その曲と映像をひとめ見て、ああ、小説の彼女の相棒は女性にしようと思いました。そして、その関係性をより影響ではなく小説としてはっきりさせるために、これはきちんとアルバムを聴かなければ、と思いました。久しぶりにビビビと(古語)来たのです。ジャケットやブックレットの宇多田さんの姿はぞっとするほどにお母様である藤圭子さんを思わせました。確かに宇多田さんなのだけど彼女の傍らに、すい、と藤圭子さんがいるような。髪型も化粧も時折歌い方も藤圭子さんの存在がありました。そこになぜ宇多田さんがこのようなアルバムを作ったのかなど野暮なことはここでは語りません。聴けばわかることだ(生意気か)透明な水のように流れ出す彼女の歌声と心臓の鼓動のような音、その歌詞すべてに彼女が感じてきたひとつひとつが細かく丁寧に伝わってきて、気がつくと何度もリピートしていました。

ここで2番目の「癒し」の話になります。私もそれなりに母との葛藤がありました。
それは全然立派なものではなく、母の金銭問題のだらしなさや恋愛問題、まだ幼かった私と姉のやり場のない気持ちなど、すべてを散らかしたまま母は自分の世界に閉じこもってしまい、多分もう出てくることはないでしょう。納得するのに一体何をどうすればいいのかわからなかった。そのままでここまで来てしまった。そんなときに偶然聴けたのが宇多田さんのアルバムでした。もうこれは運命だなと思えるほどで、あれよあれよという間にアルバムは発売日になり、戸惑う間もなく入手していました。敬愛する大澤誉志幸さん以外では最近手にしていなかったCDという形態。じっくり歌詞を読み、曲を聴いた。彼女からお母様への激しい恋慕(恋ではないけれど敢えて)や、葛藤、そしてもう触れることのできない大きな存在が歌詞の中に曲の中に溢れ、胸が痛くてそれでも途中で聴くのをやめることはできなかった。

私は母の介護を数年していて、最初は身体の手伝いという感覚で取り組んでいたことが、ある日を境にどんどん症状が進み、ゆっくり考える時間もないまま濁流のように介護に追われました。今思い返しても疲労が蓄積される日々は辛い思い出です。あのとき考えていたことを敢えて言葉に起こすなら、介護は赤ちゃんを育てるときとよく比較され、その内容も重なるのだけれど、気持ちはまったく逆。育み、生きていくのが子育てならば、相手に合わせて自分をひたすら殺して合わせていくのが介護だと思いました。もちろん育児も介護もそれぞれが感じることで、これはあくまでも個人的なものです。けれど私にはそんなふうに思えた介護生活でした。

介護を終えてからの私は多分、以前の私には戻れないほど変化してしまいました。
もちろん悪い影響ばかりではありませんが、他人から言われることでもありません。そして時折思い出し、夢に見る母はいつも元気に猫と戯れ、よく笑う母なのです。この夢は今でもずっと続いています。今は慣れましたが当初は夢から醒めたとき、なぜ夢なの。行かないで欲しい。とベッドにすがりついて切望するほど現実が受け容れられなかった。今現在母は私の手を離れ、経鼻経管栄養(鼻から管を通し栄養を摂る方法)をして病院にいます。脳梗塞を2度起こし、言語野を破壊されてしまったため言葉は既にまったく話せない。私のこともわかっているのかいないのかも知りえない。それでも会いに行けば私は笑顔を作り、母に必死に話しかける。生まれて間もない赤ん坊が母親の顔を真似るように私の笑顔に釣られてほんの少しでも母の口角が上がってくれた日は心がほんの少し軽くなる。

宇多田さんはお母様を唐突に亡くし、歌詞にはそのときのその想い、愛しさや憎しみまでも赤裸々に綴られている。私の母はまだこの世にいてくれている。話せないけれど元気ではある。怖いのは先のことだ。母がいなくなったときのことをやはりまだ想像できない。けれど宇多田さんがこうして痛いほどの想いを作品にしてくれた。その歌詞や楽曲には救われるような想いが多大にある。私もその濃密であった介護や死にたいほど辛かった思いを形にしたいと思う。介護を離れたとき、周りから「よくやったね」「がんばったよ」と言われた。けれどその言葉は終わりではなく、できる限りアップデートしながらも継続して私の中に息づかせていかなければと思う。「忘れちゃったら私じゃなくなる」と「真夏の通り雨」という楽曲の中で宇多田さんは歌う。だから無理矢理忘れようとしない。忘れないでいる私も私自身なのだと思いたい。多分私はそれを望んでいる。母の存在、女性としての言葉もなく抱きしめるような存在がたった今、小説の中の彼女に必要だと思い至りました。

※「宇多田ヒカル「Fantôme」歌詞特設ページ
 http://www.utadahikaru.jp/lyric/
 
「二時間だけのバカンス」「道」「花束を君に」「真夏の通り雨」の4作品の歌詞が読めます。
聴いて落涙し、止められなかった曲の歌詞もこちらの4作でした。こちらには掲載されていませんが「桜流し」も。「止まない雨のように降り注ぐのに癒えない渇き…。」(「真夏の通り雨」を改竄しています。ご了承ください)宇多田さんの作る世界は、とても開けていて戸惑う。その戸惑いが語弊があると申し訳ないけれど心地良い。自分の感じたものを放っておくのはやめようと思った。放っておくことは生きていく上で最も自分を大切にしないことだ。そんなわかっていたけれど忘れていたことを思い出させてもらいました。宇多田さんのこのアルバムがなかったら小説は書けなかった。そしてこれからも書こうと思えなかっただろう。

Fantôme
宇多田ヒカル
Universal Music =music=
2016-09-28
 

随分と間を置いてしまいましたが、
先日「Mistery Circle」様に寄稿した小説2作の批評が発表されました。今回は私にとっては異例の2作品同時投稿だったのですが、とても温かい評価をいただきました。

評価をしてくださる管理人さんが、あとがきに触れ「今、どうしても書きたかった」という私の心境を心遣ってくださいました。このふたつの作品のひとつめ「砂時計の住人」は最後まで書ききったと思えるのですが、もうひとつ締め切りぎりぎりまで推敲していた「軌跡」は、これで終わりではない、と自分で思っています。始まり方も終わり方もどこか中途半端なこの物語に登場する女性、友子は2006年に書いた「センチメンタル・ジャーニー」(小説ブログ「L'oiseau Blue」にリンク)という私の小説の準ヒロインとして登場しています。この物語はどこか自分の分身のようで、フィクションだけれどノンフィクションも交えた特別な作品です。ただあまりにも私的感情を押し出しているため、作品としての完成度は高くないと思います。

2006年という過ぎた日の小説の人物を登場させてまで「軌跡」で書きたかったのは「寂しさを避けるために」ということでした。ちょうどお題をいただいたときに観た映画で、自分がどこかに置きっぱなしにしていた感情が蘇り、そこから動けなくなってしまい、その感情に向き合わざるを得なくなってしまいました。寂しさは幼少時代からずっと私の心の奥底でうずくまっていたものでした。それゆえに大きな痛みになっていました。その痛みに触れ、何とかこの感情に名前を付けて優しく休ませてあげたいと思いながら書いていたのが「軌跡」です。「センチメンタル・ジャーニー」が1作目であり「軌跡」は登場人物のひとりである友子が、成長した姿を持ち、偶然出会った女性と向き合う、という物語です。「センチメンタル~」で主人公だった「さとみ」ではなく、友子が出てきたのも自分には手に負えない直感でした。

忘却の彼方に押し遣っていた感情を間欠泉の如く噴出させた映画は西原理恵子さん原作の「パーマネント野ばら」(2010年、吉田大八監督)です。原作ではほんの少しの登場だったヒロインの娘が映画では全体を通して大きな存在感を見せています。娘だったヒロインがやがて母になり、葛藤していた惚れっぽい母親への思いを娘には味あわせてしまいたくないと思いながらも自分もまた誰かに恋をして母親という立場を時折忘れる。彼女は恋に囚われないよう必死に足を踏ん張っている。答えは出ない。あのままあの物語に続きがあったならどちらに行ってしまうのかも読めない。それは感情というものが誰しも100パーセントはコントロールできるものではないから。もしも私がヒロインの立場なら恋に走ってしまった方が楽になれるかも知れない、と思いました…。西原さんの漫画はコミカルには描いてあるものの唐突な暴力描写があったり、シビアな場面にも冗談を挟んだりするのですがそれは漫画だから成り立つことで、映画ではそんな場面を下手に入れるとふざけているように見えてしまうと思うので彼女の原作を映画化するのは大変難しいと思います。けれど映画版「パーマネント野ばら」はとても上手にコミカルさと悲哀をミックスし、「親子の関係」と「恋」とを切り離して描きながら最後はその相反するふたつのテーマが溶け込んでいきます。余分なものを省いた名作です。

名作であるがゆえに影響を受けてしまい、日常生活に支障をきたすほど大変なことになったのですが(笑)
けれど、今あの頃の感情が表面に出て来てくれて良かった。忘れたままでこの先小説を書いていくことは不可能に思えるのです。「軌跡」という物語は後先を含め、きちんとこれから本来のヒロインであった「さとみ」もそして「友子」も今回登場した「愛子」も交え、ひとつの作品にしたいと思います。ちなみに「愛子」も私の過去の小説の準ヒロインでした。ああもう、今回は本当に登場人物たちに助けてもらいながら書いたな、と思います。


パーマネント野ばら [DVD]
菅野美穂
デイライト
2011-01-07


パーマネント野ばら
西原 理恵子
新潮社
2006-09-28



 



※「カンノが出会ったオンナたち」はヒロインの菅野美穂さんが撮影中のエピソードなどを綴ったエッセイです。西原理恵子さんとの対談もあり、読み応えがあります。彼女の感性はとても輝いていて素敵です。

「三つの癒し 2」に続く! いつになる!でも!書けて良かった!

お題小説ブログ、Mistery Circleさま(第64回目)に掲載していただきました。
今回はひとつに絞れず、2作品書きました。

今回、私にいただいたお題は、

起 裏切ったのは、あんたの方じゃないか。そんな台詞が頭に浮かんだ。
結 その左手は義手だったのですね?

と、いう文章でした。

「砂時計の住人」
http://misterycirclenovels.blog.fc2.com/blog-entry-455.html

「軌跡」
http://misterycirclenovels.blog.fc2.com/blog-entry-456.html

ふたつとも関連性はなく、別々のお話です。
「砂時計の住人」は若干、暴力描写がございます。苦手な方はどうかお気をつけてください。「軌跡」はふたりの女性の終末と再生の物語です。こちらは暴力も性描写もございません。それでもふたつとも読んでいただけるとありがたく思います。ぜひご一読くださいませ。

最初にお題を受け取ったとき、裏切りや乱暴な台詞だったのでとても悩みました。そして義手。義手に関しては山田詠美さんの短篇小説でとても敬愛する作品があり、その物語を思い出してしまうとどうしても自分で書くものが陳腐に思えたので、そこから自分を切り離すのが個人的に最も大変な部分でした。

そして、今回、自分の中で「まるまる影響を受ける時期」と「この辺でやめておいて書くことに集中する時期」というのを、自分の中のキャディさんが完全に読み間違いました。書く段階に入らなければならないのに、読んだもの、観たものの影響が強く、なかなか取り掛かれない上に、影響がそのまま物語に反映されてしまい、何度もやり直しました。7作くらい物語を作り、6作目くらいに書いたものを採用して、何とか物語を膨らませ、いたはずの人物を削り…なんと言うか、MCさんに初めてお題小説を投稿したときを思い出しました。

いただいたお題は初見で、あ、書ける、と直感で思うものは、大体うまくカチッと嵌り、筆の進みも速いのですが、うまく嵌らないとお題という縛りが急に窮屈に思えます。最初は何もかもが初めてだったので、とにかく窮屈でたまらなかった(今だから言える)MCさんの中でもかなりのベテランになった今はお題の文面をかなり変化させたり、お題そのものをテーマにしたり、と応用を利かせられるようになったのですが、今回はその私の中のキャディさん(しつこい)のせいで、ほぼ何も書けず。もとい、書けるのだけど私の文章じゃなくて、影響を受けたものの受け売りのようになってしまった。なので、少し休憩してとにかくお題小説から離れてみました。そのおかげで、アイディアはたくさん貯まったのですが、いかんせんひとつの小説を書くには多すぎました(笑)いくつかのアイディアがまた、別の作品で発表できるよう活かしたいと思います。

小説を書いていたのはちょうどリオ・パラリンピックの真っ最中であり、そのことからも「義手」という言葉に敏感になりました。特別に普段からも差別したことはないし、身近にもいた。けれど物語の中に入るとどうしてもそれは特別な要素になってしまう。そこだけが目立たないよう取り組んだつもりです。

では今いちど、ぜひ読んでね!

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