First Kiss

幸坂かゆり Weblog

※この文章は、とあるWebの公募に応募したものです。落選してしまいましたがこの日のことは今でも瞬時に思い出すことができます。ひとつの思い出としてブログに残しておこうと思いました。
uchi_sora
20代後半の頃、現在のカフェのような軽食喫茶に勤務しており、
仲の良い女友達が仕事帰りに時々寄ってくれた。その日もそうだ。混雑した昼も過ぎて客の減った店内で私は少々疲労があったが、何かを言いあぐねているように見えたのでしばらく自然に任せて黙っていた。やがて彼女の方から口火を切った。

「あたし、結婚することにした」

彼女とは小学校から高校に入るまでずっと同じクラスだが性格は正反対だ。私は内向的。彼女は好奇心旺盛で行動力がある。そんな私たちは行動範囲が違うので一緒にいることは少なかったがなぜか気が合い、ふたりで旅行などに出かけた。20代になると彼女は同じ職場でアルバイトをしている大学生の恋人ができた。彼とは喧嘩と仲直りを繰り返しながらも続いていたが大学卒業後は実家のある街に帰ると言う。彼の実家は海を越えた遠い場所だが彼女に一緒に来て欲しいと言った。つまりプロポーズされたのだ。しかし彼女はこう答えた。
「結婚なんて考えたことなかった」
私と彼女の気の合う部分に、結婚に憧れを抱いていないという点がある。そのため、他の友達が婚活などの話を始めるといつも饒舌な私たちが困って黙り込んでしまう。それが突然現実として彼女の眼前に迫っている。私はただ彼女の戸惑いや葛藤を聞くことしかできなかった。

そして彼女が考え始めてから数週間経ち、出した答が先ほどの言葉だ。私はメレンゲが溶けていくようにまろやかな気持ちになり、瞬時に『おめでとう』と口に出していた。海を越えた街で暮らすことを選んだ彼女に、心から幸せになって欲しいと思った。彼女が店を出た後、スタッフに『先を越されたな』と冷やかされたが、もしも言われたのが私ではなく彼女なら辛辣で的確な言葉を返すだろう。彼女は彼について行くのではなく彼と一緒に暮らし、一緒に何かをしたいと考えたから決めたのだ。そこに先も後もない。
そこから双方の話はすぐに決まったが出発にかなり日にちがあったので『少しの間ここでバイトしない?』と話を持ちかけると彼女は喜んで提案を受け容れた。

ところが、同じ職場で終始一緒にいるようになると、元々の性格の違いが炙り出されたように彼女は信じられないほど感情的になった。普段何を言われても冷静に言い返せる彼女が雑誌の占い如きに涙ぐむようになり、同様に普段気にしないようなことに怒りを爆発させた。感情の波が激しくなった彼女のどこをどうなだめたら気持ちが落ち着くのか把握できず、私はしばらく彼女を友達だと思うのをやめた。毎日は殺伐としたものとなり、気軽に一緒に働こうなんて誘ったことを悔やんだ。そのままで彼女のバイト期間は終わった。

すると、憑き物が落ちたように私たちの仲は元に戻った。何の理由もなく突然に。私は彼女にバイト中の様子を伝えると、彼女も自分の何かがおかしいと感じながらどうすることもできなかったのだと教えてくれた。そこからはふたりで反省し合い、歩み寄り、きちんと話をした。彼女だって感情の起伏くらいある。それは私にも言える。今回のことで私たちは初めて苦い経験を味わった。けれどもう何のわだかまりもない。そしてあれはマリッジブルーだったのかも知れないと今なら思う。

出発当日、私はあらかじめ見送りはしないと彼女に伝えて店にいた。しかし突然彼女が店にやって来た。
「え? どうしたの? 飛行機の時間大丈夫?」
「皆さんにもお世話になったから」
彼女はスタッフ全員に挨拶して回り、私の前に来たところで立ち止まった。
「今度......」
彼女が改まって言葉を止めた。
「うん」
「遊びに来て。いつでも気軽に」
彼女は私の手をぐっと握ってから店を出た。窓から彼女の後ろ姿を目で追うと何度も振り返って手を振ってくれた。私も彼女の姿が見えなくなるまで手を振り返した。

その後、彼女は離婚したが帰ってこなかった。とても住みやすくて面白い街だからと言うのが理由だ。現在40代になった今も私たちは飛行機に乗って互いの住む街に会いに行く。変わらずに話は弾む。おまけに年齢を重ねて話題も増えている。遠い街でひとりになって歩く彼女は世間と言う遮るものを素早く翻し、とてもしなやかだ。いくつになっても楽しく笑い合える女友達。沢山の経験を踏まえた私たちは絶対これからの方が楽しくなる。そう確信している。

※ ※ ※

信頼のおける「おんなともだち」を持つのは宝だと思っています。それは心から強いものです。その強さは常識をアップデートしない人たちの言う「女は強い」という概念ではなく、竹のようにしなる臨機応変さだと思うのです。「me too」運動も起こる昨今、時代は見えないところで変化しています。
「おんなともだち」は細やかで勇気があります。
時にきつい真実を投げかけ、時にそっとしておいてくれる。そして私からも発する彼女たちに対する細やかさや伝えたい言葉も受け止めてくれます。年を取った時、自分で稼いだお金、保てるだけの健康、おんなともだち、と言う三種の神器が存在してくれれば、鬼に金棒、基、悔いなく笑ってあの世に逝ける気がしています。そんなことを自らの経験から今回のテーマで書いてみたいと思いました。

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気づくと5月も最後。
3月から何も書いていないのも驚いたが、それほど時間が経ったように感じないことにも驚く。今の時期は家の庭がいちばん色づいていて活気がある。つつじ、さつきが満開。チューリップは2本だけ。なぜ2本だけなのか。数年前、雹(ひょう)が大量に降り、それは屋根にもダメージを与え、チューリップの土の場所にも直撃してしまった。その辺りには鉢植えのミニバラも植え替えていたのですがそちらも見事にやられてしまった。雹は時期を選ばずに降るから困る。時期を選んだとしても困るが。それでも毎年2本、可憐にその姿を見せてくれて嬉しい限り。

4月から5月中旬にかけては自分の書いた過去の掌編小説の推敲と言うか、手直しをしていた。
主に2004年から2006年にかけての小説に絞って行っていたが、これほどまでに今と文章の書き方が変わったのかとそこでまた驚いた。そして推敲、手直し、と言うより物語そのものを変えてしまったものもあった。そこまでしなければ現在の自分が過去の自分に説教したくなったためだ。もちろん、そこまでしてもだめなものはやはりだめで完全にボツ扱いにしたものもある。そちらの方が多い…。
それから困ったのは過去の小説ばかり見ていると妙に気が滅入ってしまった。そこは意外だった。なぜそのようなことをしているのかと言うと、以前使用していたブログを閉鎖して現在主に使用している小説ブログに統合しようと考えたから。そこでどうせ引っ越して載せるならきちんとしたものにしよう、と思い、当初は誤字脱字や三点リーダー、登場人物の言葉使いを直すことになると思っていたのが、おおごとになってしまったのです。いやはや。この作業はもう少し続きます。

これが終わったらとうとう「32のお題」の32作目に取りかかります。
アイディアは既にあって、どのように動かしていくかという段階なので近日公開になると思う。どうぞお楽しみにお待ちください。いえ、どうか待っていてください。

5月29日は家で最初に飼った黒猫、くろちゃんの3回忌でした。別にこれと言ったことはしませんでしたが、元気にはしゃぎ回り寝そべったりした姿の写真を見ては思い出にふけった。3年前のことなのに今でも思い出す景色は鮮やかなまま眼前にせまる。美しかったなと思う。今はくろちゃんが産んでくれた、みみちゃんとななちゃんの姉妹がいる。彼女たちも21歳という高齢になり色々と健康面に問題も出て来ているがそれでも可愛くてたまらない。私にできる限りの安心感を味わって日々のびのびと暮らして欲しい。

そんな訳で、久しぶりに書きました。
こうして書かないといけませんね。簡単にものごとが過ぎ去ってしまう。四季は毎年忘れずにやってきているというのに。明日は私の住む地方に大雨警報が出ています。暑くなったり寒くなったりなかなか情緒不安定な天気ですが、私も天気のことを言えたものじゃないのでまたこうしてちいさなことでもここに記していこうと思う。長いこと更新しなかった自分を省みています。

最後に載せる動画はGoogle Photoに自動生成されたものですが、そこには、くろちゃんもろでちゃんも、みみもななも、らむちゃんも、他にもたくさん家に来ていた猫たち、そして猫たちを可愛がる健康な日の母も写っていました。ほんの少し感傷的になりました。短い動画ですので観ていただけると幸甚に存じます…

Cats Photos @ Google


みみちゃんとななちゃんは元気!
miminana

2017 4 23 monkey magic compilation


この動画は、ご存知の方には超しつこい(笑)
新旧ゴダイゴを取り混ぜて作らせていただいたものです。よしなに…

なんて時間が経つのが早いのでしょう。
昨年1月27日。私にしてみると大冒険であったゴダイゴライブのための大阪紀行。
血肉になっているのとは裏腹に、現実では既にもう過去の出来事になっている。

昨年、ゴダイゴやタケカワさんのことをおもいっきり喋りまくろう、と思い立ち、
2017年3月、専用のTwitterアカウントを作りました。
現在は閉じましたがとても楽しかったです。
何より会話が普段のアカウントと違ってものすごく多くて、
ひとつつぶやくごとに反応があるので、アドレナリンが出るほどわくわくしました。
ただ段々と思考の乖離が出て来てしまったのも事実で…

昨年2017年は、小中学校以来聴いていないゴダイゴのアルバムを探すことから始まりました。
タケカワさんのソロアルバムなんて知らない作品が10枚以上あって、
そのほとんどが廃盤になっていたので探すのも大変でしたが何とか入手して聴けました。
ゴダイゴの音楽と言うとヒットしたものがもちろん有名ですが、
少し浮世離れしているというか、スケールが大きくて、
通常の、例えば恋愛などに関しての曲は少なかった訳ですが、
タケカワさんのソロアルバムはその部分をおもいきりフィーチャーしていて、
ゴダイゴ解散後、出したアルバムのタイトルはそのままずばりの「I LOVE YOU」だし、
ストレートな恋やそれにまつわる出来事なども描かれた作品が多く驚愕しました。
順を追って聴いていくと、恋に始まり、家族ができて、子供が増え、
その子供たちを励ますやさしい歌へと変化していったように思います。

私はそれが、彼が模索した中で完成した音楽のテーマなんだな、と思っていたのですが、
それを拒否するひとが多くて辟易してしまって。もちろん感想は人それぞれではあるけれど、
「アーティスト」自身が決めたテーマを否定されると、どこか私の本能が痛むのですよ。
そのうち、盛り上がっていた彼の体型やら声の変換について話すのが疲れてきてしまった。
そんな話はどうでもいい、と。

嫌なら見るな、とは簡単に言うけれど人間て、話をしてみないとわからないじゃないですか。
それまで仲良く話していた人が実は考え方の全く違う人だった、ということだってあるし。
その考え方の違う人を否定するほど私は偉くもないし、権利もない。それこそ人それぞれ。
元々考え込むタイプの人間なので、段々悩みが深刻化してきてしまい、
そのアカウントもそろそろ潮時かなと思い始めました。
そして、一昨年9月くらいからライブの計画を建て、
実現したあとに報告してアカウントをやめようと思い、実行しました。

削除一日前はひとりでお祭をやっているかのごとくたくさんつぶやきました(笑)
もっと本音を書いても良かったかな、と思うくらい。
私の考え方の譲れない部分として、
「完成されたものへの否定」というものがあります。たらればですとか。
そこを侵害されるとやはりその中にはいたくないな、と思うのです。
何かのファンになる。それは何でもいいのですが彼らの仕事内容に関しては、
素人であるファンが口出しをしてはいけない領域だと思うのです。
ファンが支えているからアーティストが活動できるのではなく、
アーティストが続けてくれるからファンは応援できるのです。
そこを履き違えたくないといつも思うのです。

どうしても夢中になったものの専門の話になっていくと、
狭量な世界になってしまうのだなとアカウントを作って実感しました。
要するに濃厚すぎたのですね。説教のように知識を教えられるのも面倒だった(すまん)
そして、ちょうど四季もひとまわりして区切りが良いところで終わらせることができました。
けれどそれじゃあ印象が悪いのかと言うと、そんなことはなく、
とても勉強になったな、と思っています。
風通しの良い空間をどれほど自分が切望していたか思い知らされたというのもあります。
アーティスト自身を嫌いになることはないけれど、もう深入りはしない。
そう決意させてくれた、別アカウント体験でした。
と、まあこう書くと皮肉じゃないけど皮肉に聞こえるな(笑)

それに~、正直に書くと、
元々大好きな大澤誉志幸さんとゴダイゴって逆の立ち位置の楽曲じゃないですか。
大澤さんはもう見える範囲では「気楽に行こうぜー。ゴーゴー」てな感じですが、
本来はめちゃくちゃ情熱的なアーティストで勉強家。でもその部分を見せない。
悲しみを悲しみで表現しないとか、逆説的な作品もたくさんある。
私はそういう思考の影響も多分に受けているので、
アーティストが持つ複雑さは到底素人にはわかりません。
作品という形になってやっとそれは姿を現すものだと思います。
そこを批評家気取りしてみたって、もう作った本人は先を見ています。
だからこそ、尊重がまずありきでなくては。

でもそれとは違って、精一杯愛したな、とも実感しているのです。
どこか言い過ぎのひとに対して冗談を交えて否定を試みて、話題を変えたり、
とにかく会話に頭を使いました。ここまで愛せたらもう思い残すことはない。
今でもそのアカウントから交流のある方はおりますが、
皆さん、風通しの良い考え方の持ち主です。
こうしてできた縁は大事にしていきたいと思います。

※ ※ ※

そんなわけで、普段どおり、また本と献立と猫、好きな意見をリツイートするという、
本来の地味な幸坂かゆりアカウントひとつに統一したわけですが(笑)
なんだか以前にも増してとても楽になりました。
社会不安というものを抱えている中で、私よくやったなと思います。
おかげさまで関わる楽しさを知り、以前からの友達と話すのも緊張より楽しさがあります。

そして、忘れていた感情をよみがえらせてくれた出来事もありましたが、
そこは物書きなので「懐かしい痛み」として、
しっかり感情を記憶して美化して利用させていただくとします(笑)
ご清聴、ありがとうございました!

all
@kayuri_y (Instagram)

なんて日付けを置いたことだろう、と他人事のように驚いてしまう。
まずはすべての事柄は置いて、いちばん書かなければいけないことを。

2018年1月2日、愛猫らむ子さんが逝ってしまいました。
昨年の12月1日に体の異変を感じ、猫病院にかかったところ慢性腎不全が発覚し、
今年の1月2日には永遠の眠りにつきました。
よって、昨年の12月はまるごとらむ子さんの月のようです。
その12月の通院に関しては毎日Twitterでつぶやいておりました。
Twilogにも残っているので思い出したいことがあったらそちらを見るようにしています。

らむちゃんの最期は病院でした。
12月30日に栄養がまったく摂れなくなり酸素も必要なため、
家で看るのはむりだろうとのお医者さまの判断によるものです。
いつでも異変があったら知らせてください、と電話番号を託して帰宅後、
新年を迎えた1日あとに、彼女は眠るように逝ったとのことでした。

2日、迎えに行った時には、院内に誰も通さないよう配慮してくださり、
らむちゃんの体に合わせた箱の中を見ると、きれいに毛を整えられ、
可愛らしく目蓋を閉じたらむちゃんの姿がありました。
傍らには薄い桃色のタオルとカリカリ数袋も添えてくださいました。
そこで、今までくろちゃんやろでちゃんはお庭に埋めていたのですが、
真冬で地面が掘れない旨を話すとペット霊園のことを教えていただいた。
ひとしきり挨拶が終わるときちんと窓のついた紙の蓋を閉じ、
紫色の布をふんわりかけてくださり、先生は小雪の舞う外まで見送りに来てくださった。
そして私たちの車が出発して病院から遠ざかるまで深々とお辞儀をしてくださった。

帰宅後、すぐさま霊園に連絡を取り、次の日に予約を入れた。
そこまで済んで私も義父もへなへな、という感じで床に座り、
静かにごはんを食べた。お弁当になってしまったが文句など出るはずもなく…
みみちゃんとななちゃんはなぜだかいつもより深く眠りについていて静かだった。

深夜、お風呂もすべて終え、ひとりきりになったとき、
らむちゃんを寝かせてある部屋に呼ばれた気がしたので上をしっかり着て行ってみた。
紫の布を外し、蓋を開け、閉じた目蓋のらむちゃんの横顔を見つめた。可愛い。
そういえばじっくりお話していなかったね、と、出会ってから今日までのことを、
らむちゃんに「憶えてる?」と何度も訊ねては溢れる涙を拭った。
何時間か経ち、箱もすべて元通りにして部屋を出た。
みみちゃんとななちゃんがぱっちり目を開けて私を迎えてくれた。
やっぱりわかってるんだな、と思う。私はふたりを同時に抱きしめる。

翌日、ペット霊園で遺骨は庭に埋めたいと話すと、
では陶器の容れ物などは必要ないですね、と可愛らしい巾着袋を薦められた。
青と桃色があって、らむちゃんに似合いそうな桃色を指定した。
焼き場ではずっと泣くまいとしていた決心が崩れてしまったけれど、
何とか笑顔で見送ることができた。
骨になった猫を見るのは生まれて初めてだった。
らむちゃんの骨はまるで恐竜図鑑で見るかのように、
しっぽの先まできれいに骨の形を残していた。喉仏も。
霊園の方が喉仏について説明してくださる。
まるで両手を広げているようなまるい形の上に、すっと伸びた上部は観音様のように見える。
だから喉仏と言うんですよ、と。そのお話を聞きながら、らむちゃんの骨を、
巾着袋に入れていく。最後の最後、その喉仏をそっと置いてきゅっとリボンを結んだ。

雪がちらつく中、家に戻り、巾着袋を前にして義父とお酒を少し飲んだ。
この子は野良だったのに家に入れてしまって、他の猫たちともなかなかうまくいかなかった。
人間が勝手なことをしてらむちゃんはしあわせだっただろうか、とずっと気になっていた。
けれど最後の一ヶ月間、急激に3匹は寄り添い一緒に眠った。
その柔らかな表情を見てこれで良かったのだ、と自分の中で納得した。
雪が溶け、春になり、土が柔らかくなったら、くろちゃんやろでちゃんが眠る場所に、
らむちゃんも一緒に眠る。絶対にらむちゃんだけ別の場所で眠らせるなんてしたくなかった。
だから最初は霊園でお墓を勧められるんじゃないか、とかそういった猜疑心もあったが、
きちんとわかっていただけて感謝の気持ちで一杯だった。
今もらむちゃんの遺骨はおうちにいます。
きっと、お庭に場所を移す日、新たに寂しさが襲うだろうな、と思いますが、
きちんと最後の最後まで全うさせようと誓っております。
ramumimi ramunana1 ramuutouto
懐かしい若い頃のおあそび動画を作ってみました。

◆ ◆ ◆

おひさしぶりです。いきなりの長文になりました。
この間にも小説を更新していたのですが、書く気にならず、
もたもたしていたら2月に入ってしまいました。
でも過ぎたとは言え、らむちゃんのことは必ず書こうと思っておりました。
こうして彼女のことを書いている今も、なぜだかみみちゃんとななちゃんは静かです。
まるで私の集中力を途切れさせないかのように。不思議だ。いい子だね。

小説の更新は久しぶりです。
「微エロで32のお題」29作目を「L'oiseau Blue」にて公開しました。
rain
「埋み火」(うずみび)
http://blog.livedoor.jp/y_yukisaka/archives/52274817.html

埋み火とは、火鉢を消した中で完全に消えきっていない火、つまり種火のことです。
この種火によっていちから火を熾すより早く火が熾るようになります。
私がこの言葉を使ったのはどんな燃えかすの中にも火はある、というもので、
お釈迦様の説法の本にも書いてあって参考に読みたかったのですが見つからず。
きっとこういうのってあとから忘れた頃に出てくるんですよね(笑)
もう消えてしまった火も実は隠れているだけで残っているのだと、
その部分を恋に置き換えて書いてみました。

タイトルに火を使用しているけれど裏のもうひとつのテーマは水です。
だから最初、タイトルに迷ったのですが水を主体としたタイトルにしようとすると、
どうも横文字ばかり浮かんでしまって、それも悪くはないのですが、
今回の小説に限っては日本語がいいなと思い「埋み火」を選択しました。

ずっとメモ帳などに思いついたことをつらつら書き、
アイディアが少しずつたまっていった頃、
気づくと充電期間に入ってから5ヶ月が経っていました。
あの電池切れの状態のときはもうこれ以上何も書けないのでは、と、
思っていたほどなのに、またこうして書くことができました。不思議ですね。
もちろん適当なものではありません。適当どころか今回書いた小説が、
今後自分のテーマになるような気がしています。
その種火のようなものが文章の中に埋め込まれているのだと思います。
今回はお題ありとは言いながらないようなものだったので、
完全に書きたいものを書きました。起も結もないまったく自由な小説。
自由だから下手したら物語すらないかも知れません(笑)
でも私が望んでいるのは実はその「物語のなさ」で、
揺れたまま答えの出ない文章を書き続ける旅のようなものを綴っていきたいのです。
今回の「埋み火」はその決まった方向性での一作目としてちょうど良かったと思っています。

なのであらすじは、と言われると、少し困ってしまうのですが(笑)
ジャンルとしては恋愛です。故に性描写も少々ございます。
起承転結のはっきりした小説がお好きな方にはつまらないと思えるかも知れませんが、
これが幸坂かゆりの目指すものの一歩です。
どうぞご一読くださると嬉しく思います。

前回の続きになります。

「母の日」ですね。
数年前までは姉とふたりでカーネーションと一緒に、
ちょっとしたお菓子などを渡していましたが、
今は入院しているのでお花も食べ物も遠慮しています。
父親との話を先に書きましたがもちろん母親との間にも葛藤はありました。

けれど数年前、認知症を患い、脳梗塞を2度起こし、
脳の言語を司る部分が破壊されたため一切話ができなくなりました。
現在は療養入院をさせていただいている病院先に洗濯物を届け、
顔を見に行き、二言三言話しかけて母の寝顔を見て帰る日々です。
その間、母は言葉を発することはなく起きているときはただ私の顔を見つめます。
家で介護をしている最中はその目がとても怖かったのですが、
今は見つめられたら微笑みの目を向けています。

治ることはもうないとわかっていて鼻から栄養を摂り眠るだけの母に、
ここまで進んでしまったんだ、という冷たい感想しかありませんでした。
それは介護中、距離が近すぎたため感情が麻痺してしまったせいだと思っています。
しかし母が家を離れ、感情が落ち着いたとき初めて治らない母に戸惑いが生じ、
家にいるときのような気軽な言葉のかけ方すらわからなくなってしまいました。

だからいつも、
「元気?」「寒くない?」「いっぱい寝た?」などの言葉をかけて終わり、
その後は再び洗濯物を袋に詰め、なくなりそうな備品の補充に行くだけでした。
そんなある日、突然自分の中から母に向けて出てきた言葉がありました。
「早く良くなってね」という言葉でした。
本来なら嘘になります。治ることはないのだから。
けれど、その言葉を聞いた母の目は明らかに微笑みを向けてくれていました。
そのとき、どうしてこんなに喜んでくれる言葉をかけてあげなかったのだろう、
と、悔やみました。けれどその言葉を母に向けるということを、
私は知らなかったのだろうと思います。
次からは毎回その言葉をかけ、母の微笑みの眼差しを受け取っています。
その眼差しは今、母からもらう唯一の〈言葉〉です。

こんな状態になった今、葛藤について書こうとしても何も出てきません。
圧倒的に世話を受ける立場になってしまった母が、
脳梗塞を起こす少し前、まだ話ができたときに言ったことがあります。
「こうやってできないことが増えていって死んでいくんだね」と。
病気がわかったきっかけとなったのは文字が書けなくなったことでした。
そこから70代前半という若さもあり、ものすごい速さで病気は進行し、
得意だった洋裁もできなくなった母を思い、堪らない気持ちになります。
どれほど口惜しく悲しかったことだろうと思います。

時折、幼かった頃の夢を見ては母を責めたりしているので、
記憶のどこかでは消化できていない部分もあるのだとは思いますが、
もうそれをぶつけることなんてとてもできない。
病気以前は手を繋ぐことすら嫌がるほど支えられるのを嫌がった母が、
今では手も足もすべて、看護師さんや介護師さんに任せています。
私も介護中、爪を切ったりハンドクリームを塗ったりと、触れる機会がありましたが、
母は何の抵抗も示さず、むしろ喜んでいました。観念してしまったのだと思います。
ただそうして観念した母は少女のように無邪気でした。
娘が言うのもおかしいのですが愛らしかったのです。
以前なら目上に対し、可愛いだなんて失礼だから絶対に言ってはいけない言葉でした。

昨夜「母の日」ということでふと、母が好きだった曲を思い出し、
動画サイトで調べて聞きました。
山口百恵さんの「秋桜(コスモス)」です。
元々、百恵さんの曲や顔立ちなどが好きだった母は、
アイメイクなどを真似ていたほどです。
姉と母と3人でカラオケに行ったときも、
(母は歌わないのですが聞くのが好きだからとついてきていました。)
私がふざけて八代亜紀さんの物真似を大げさにしたりして笑わせる中、
何となく入れた「秋桜(コスモス)」を歌ったとき、
その歌詞に感情が溢れそうになり、また下手な物真似をしてふざけてしまいました。
もちろんふざけずにはいられなかったというのが事実ですが、
きちんと歌って聞かせてあげれば良かった、とも思います。

「秋桜(コスモス)」の歌詞は娘が嫁ぐ前日のお話です。
始まりは庭に咲くコスモスを眺めながら母と娘がアルバムを眺めながら、
色んな思い出話に花を咲かせるのですが、
娘の荷造りを手伝う母が突如涙を溢れさせ、
「元気で」と娘にひとこと言うのです。
娘はこの結婚の前日のたった一日だけ、
もう少しあなたの子供でいさせてください、と返します。

私は成人式に本来母が望んでいた着物すら着なかったし、結婚もせず、
花嫁姿も孫の顔も見せることができなかったけれど、
曲中の気丈な母親と私の母を重ね、涙がとまりませんでした。
子供の頃、どれだけそばにいて欲しいときにもいなくて、父親が去ったあと、
恋愛を楽しむ母に反撥し、私自身が精神を崩してしまったこともあったけれど、
それでも私は母を愛しているのだろうとどうしようもなく思うのです。
こころのどこかで本当は気づきたくなかった感情かも知れませんが、それは多分、
ずっと憎らしい、と思うような元気な母でいて欲しかった私の甘えだと思います。
気づいてしまった今年の「母の日」は私にとってひどくせつない日に感じました。

※「秋桜(コスモス)」歌詞(リンク



時間が過ぎてしまいましたが、母のことを思う日は一日ではないなと実感しております。

昨年11月、以前聴いていたタケカワユキヒデさんの楽曲を再び耳にし、
動画を視聴しているうちに大家族と呼ばれる彼の人生観というのか、
どのような父親像なのかとても興味が湧き、
幸運なことに彼は自分が父親であるという目線からの本を、
多数執筆してくださっていたので読んでみた。

青天の霹靂というのか、言葉どおりの衝撃を受けたものの言葉は逆かな。
曇り空から強烈な光が差したようでした。
私の両親はお世辞にも子煩悩という訳ではなく、
子供側として少し被害者面して言うと、
人生を狂わされたと思っています。ひどい言い方ですが。

特に父親は母以外の人間を結婚後に愛し、
私たちがいるにも関わらず思いを遂げて家を出た。
のちに離婚はしたけれど養育費を払うという裁判の可決に対し、
結局謝るだけで最後まで払わなかった。
そのため母と姉と私は極貧生活を強いられた。
母親はずっと働きづめで常に疲労し、私葉その頃不登校になったのだが、
理由も問えないほど生活に追い詰められていたのだと今なら思う。
そう、今なら。どうして父親は養育費をくれなかったのだろうと。
父親の生活が苦しかろうが自分の生きたい人生を再び手に入れるために、
ひとつの築き上げた家族を捨てることの対価として養育費の支払いを命じられたのに、
たまに家に顔を出しては「ごめんな、俺も苦しくてな…」なんて言い訳をしていた。
甘い。今ならそう思う…。哀しいかな。すべてはもう遅い。
遅いから仮に実際会ったとしても問い詰めたりはしないけれど気持ちには傷痕として残った。
男女関係について、友人知人、親戚、テレビの中、本の中、様々なメディアで観て来て、
父親ってなんだろう、と私は小学生の低学年と高学年のちょうど中間辺りで、
そう疑問に思ったまま成長しました。

本題の前に長くなりましたが、これらは必要な要素なので…。
そこで先に書いた晴天の霹靂が起こったのです。
タケカワさんの著書「ビューティフルネームの本」と「娘を持つ父親のために」の2冊は、
私のそれまでの人生観を覆し、大いに戸惑い、戸惑ったままこうして書いている。
どちらの著書でもタケカワさんは偉ぶらず、タイトルとは裏腹に、
〈父親〉という括りではなく〈親〉としての立場から、
〈娘〉であり〈自分の子供たち〉に目線を置いて書いている。
〈親〉として子供たちがこれから育ち、自立して生きていくために自分たち両親は、
何をしてあげられるのか、また何をしてはいけないのか、そのことを読みやすく、
また大切な箇所は何度も繰り返しています。

タケカワさんの動画やインタビューなどでも子供たちに関するお話をされているとき、
本当にちいさなことにも目を見張った。例えば、車酔い。
私も例に漏れず車酔いをよくする子供だった。
そしてドライブ中、車の中を汚してしまったのと父親の顔から表れ出ている、
〈俺の運転が悪いというのか〉という非難めいた視線が怖かったのを今でも憶えている。

タケカワさんは車酔いをする子供にどうしたら良いのかと奥さんと一緒に対策を考える。
彼の提案は、年齢の違う子供たちに共通した曲をみんなで歌うというものだった。
それは音楽を生業としている彼の思考だから一見、特殊に思えるけれど、
実は私にも当てはまる対策だった。うちも両親共に音楽好きだったので、
当事から車中ではよく音楽を流していた。
しかしそれは父親が選択した音楽で私たち子供はそれほど馴染めないものだった。
そこで、私と姉のお気に入りの音楽の中から、
車でかけても雰囲気に差し支えのないお気に入りの曲を選び、
カセットテープで編集したものをおずおずと父に差し出してはかけてくれるか気遣った。
ほんの僅かな時間だったがかけてくれたときは、
それらに合わせて一緒に歌っているので決して車酔いしなかった。
そのことに気づいて以来、音楽のかからない中で酔いそうになったときは、
上を向いたり窓を開けたりしながら一番の効果である〈心の中で歌う〉ことを実践していた。

もちろん今さらあの頃の自分の父親に対し、
タケカワさんのようだったならとは思わない。比較は馬鹿げている。
けれどタケカワさんのように酔わないための対策を考える、
という親がいることに非常に驚いたのだ。時代の差とも思わない。
今健在なら70代後半であろう実父だが音楽が好きだという共通項があり、
タケカワさんでさえ既に60代を越え、後半に入ろうとしているからだ。
これはひとつのエピソードだけれど、
その他にも父親が率先して食事を作ったり対話の徹底性など、
子供と関わるためのアイディアがたくさんありここには書ききれない。
ますます父親ってなんなんだろう、と混乱を極めた。それが現在です。 

最近、とある書籍にて〈愛着障害〉なる言葉を目にした。
まだあまり咀嚼できていない状態なので明言は避けたいところですが、
〈愛着というものはストックしていける〉というひとことに目が留まった。
愛着の基本は〈子供が安心して暮らせる保護にある状態〉を指すので、
〈愛情〉とは区別して書かれています。
〈愛情〉は感情的な問題なのでそこはまた違う話になります。
もしかしたら私はたった今〈愛着〉をストックしている真っ只中なのかもしれない。

事実、タケカワさんの書籍(「娘を持つ~」)を参考にして、
一緒に暮らすあまり仲の良くない義父におずおずと接してみたところ、
現段階では驚くほどコミュニケーションがスムーズになっている。 
とても単純なことです。相手の話に頷きを入れるか否か。それだけ。
私は相手の顔を見て話したり、相槌を入れるということは随分前から行なっていたけれど、 
義父は相槌も打たず、話していた話題から自分のエピソードを思い出すことが多く、
みんなが会話している場面でも話をさらっていってしまう癖があった。 
そこをとりあえずあからさまにムッとして黙り込むのをやめてみて、
話をさせて積極的にではなくても〈聞いてるよ〉というアプローチをしてみた。
まずは自分からそうして態度に表してみる。そこから始めた。次に言葉を。
まだまだ昨年末から今年にかけての試みなのでこの先のことはわからないけれど、
それでも話をしたくないからと、それまで逃げるように寝室に隠れ、
ひたすら眠っていた段階からは一歩進めたような気がしている。
思いを口に出すのは怖いけれど生活を楽にもしてくれる。
相槌のないおしゃべりを仕掛けるのはしどろもどろになるしなかなか困難だけれど。

少しずつ少しずつ。 
義父も高齢なのでできないことが増えてきている。
私が多少手伝いに回るとき、コミュニケーションが取れないとほんとうに大変だと思うのだ。 
そして今までずっと私の癖であった鼻歌、いや割と真面目に歌いながら行動する、
という、はた迷惑な私の癖が復活したのが嬉しい。もうずっと忘れていたから。
口元を緩ませるのは心をほぐすことにも繋がると思う。
それを思い出せたことが一番大きいかも知れない。

今日は「母の日」ですが、まずは父親に関することから書かなければ、
母親の話に言及できないと思い、気持ちの整理をつける上でも書いてみました。
これだけでもブログとしては充分長いので得意の第2弾へともつれ込もうと思います(笑)

※参考動画



※参考文献

娘を持つ父親のための本
タケカワ ユキヒデ
集英社
2001-12


ビューティフルネームの本
タケカワ ユキヒデ
T-time
2012-11-15


アタッチメント―生涯にわたる絆
数井 みゆき
ミネルヴァ書房
2005-04


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バレンタインも終わり(なにもしていない)15日になりました。
今日2017年2月15日は、私が小説を応募した賞の締切日です。

実は文学賞のような公募をしているものに応募するのは初めてなので、
実に不思議な気分を味わっております。
自分の中で納得のいくものを仕上げて投稿したつもりですが、
なんの賞にもかすらなければ大賞を獲った方の作品を読み、
自分の作品と比較してみようと考えています。
自分の作風を変える訳ではなくてもしかしたら、
その賞の趣旨に私の書いたものが合ってないだけかも知れないじゃないですか(笑)
小説家を目指すということは心の中に山あり谷ありだと思うし、
何度応募して落ちたところで終える訳にはいかない理由がありますから、
賞が獲れなくても落ち込むところではないと思っています。

そんな訳で、唐突ですが昨年、私比でたくさんの小説を書いたと思うのですが、
好きだなと思うものと、あ、これは、と隠したくなるものなど多様でした。
2016年末に近づくにつれ、電池切れ騒動(私の中で)が起きていたので、
ほとんど全滅なのですが、色々書き直す設定や箇所がありつつも、
一番自分らしさを出せた小説がふたつありました。
お題小説なので当然お題ありきですべて自分の力ではありませんが、
お題を膨らませて溶け込ませて自分のものにするという結果を作ることはできたものです。
ひとつは「涅槃の子」
もうひとつは「咲き乱れる」
「涅槃の子」は非常に好評で、私も久しぶりに力の入らない小説が書けたので、
プロの方に講評してもらったところ、とても嬉しい言葉をいただきました。
「咲き乱れる」についてはそれほど手ごたえは感じませんでした。
もちろん批判を受けたわけではありません。
けれど投稿先のお題ブログの管理人さんが少し無理されてるかなと(笑)
寸評に気を使ってくださっているような印象は受けました。

私の目標とする文章は起承転結のはっきりした物語に重きを置くのではなく、
オチがあるのかすらわからない、なだらかな、けれど読み応えのあるもの。
もちろんはっきりとした指標はあってただつらつら書くのではなく。
2004年からネットで小説を書き始めてその後2014年頃、
何かに憑かれたように本を読み、その気持ちが膨らんでいきました。
そこからは何を書いても物足りず、その物足りなさに描写不足というものがあります。
説明ではなく描写。言葉にできないものを見えるものにすること。
多分、これは一生の課題だと思います。
これまでもマシかなと思えたのが上記ふたつの作品であって納得するものはありません。

過去に素人ではありますが、マンガを描いていていくつか応募したことがありますが、
結果は散々でした。自分でもこれは落ちるだろうな、と心のどこかでわかっていながら、
「せっかく描けたからもったいない」という甘えがあったまま原稿を送り、
当然ながらびしっと厳しい評価をしていただきました。
中学生だったのでとても傷つきましたが、あんなに稚拙な、
半ば投げたような原稿を読んでくださったことに感謝をしております。
マンガはそれからも批評に書かれた課題をクリアする努力をしつつ、
数作品描いて最終的に「少し古い」と言われたところで止めました。
マンガはよほどのことがない限り時代と共に生きていくものだと思っているので、
その言葉は私にとってマンガ投稿の終焉を表していました。

そこから紆余曲折があり、書かずにはいられない体質の私が思い出したのは、
あらすじに数ページかけていたことでした。
ここまで書くならいっそ小説にしたらどうかと思い、それが小説の始まりでした。
なので、私の書いた小説に時折「マンガのような」と形容されることがありました。
どきっとしましたがとても光栄でした。文章の頭に「上質な」とついていたからです(笑)
やはり経験は素直に表に出てしまうのだなと思いました。

勉強という言葉ほど小説を書くのに似合わない言葉もないと思いますが、
日々様々な「想う」感情やこれまでの経験に心を震わせながら、
書きたいことを可視化させ、これからも言動だけは偉そうに書いていこうと思います!(笑)

※上画像撮影 京ノ紅猫(クリックすると大きくなります)

クリスマス、と銘打ってあるのに思い切り過ぎております。
参加している物書きさん応援サイト「Mistery Circle」様にて、
今年のまとめ的賞が発表されました。
幸坂もいくつかいただいているので少し編集させていただき掲載します。

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《 2016 オススメMC 司会進行表 》

(1) メンバーさん達挨拶
(2) 管理人一同挨拶
(3) ナイスタイトル賞発表
(4) ナイスキャラクター賞発表
(5) ナイス名台詞賞発表
(6) 管理人特別賞発表
(7) 総合オススメ賞発表

ナイスタイトル賞 【 一位 】☆☆☆☆☆(星五つ)
Mistery Circle Vol. 63 《 涅槃の子 》 著者:幸坂かゆり
【 読者コメント 】
・はっと目を引くタイトルで、想像をかきたてられます……!
・続編は、“涅槃デルタ流人”でお願いします。
・仏教的な内容かと思えば、全くそうでもなかったのが逆に面白い。w

【 作者コメント 】
・「涅槃の子」に票を入れていただきありがとうございます。
 物語を書き終えたあともずっと「無題」のままでしたがこのタイトルをつけた瞬間、
 物語にも変化が生じました。今年書いた中で一番好きな物語であり、タイトルです。
 嬉しいです。どうもありがとうございます。

【 三位 】 該当一作品  ☆☆☆(星三つ)

Mistery Circle Vol. 62 《 咲き乱れる 》 著者:幸坂かゆり
【 読者コメント 】
・もう題だけでぷわーっと世界が広がります。
 【 作者コメント 】
・「咲き乱れる」に票を入れていただきありがとうございます。
 物語の内容、登場人物の気持ち、すべてそのものを表したつもりです。
 どこか中途半端な気がしましたが完成してからはとても気に入っているのでとても嬉しいです。

【 四位 】☆☆(星二つ)
Mistery Circle Vol. 64 《 砂時計の住人 》 著者:幸坂かゆり
【 読者コメント 】
・砂時計の使い方が上手いなと思いました。

【 五位 】 該当八作品  ☆(星一つ)
Mistery Circle Vol. 61 《 Mind Dance 》 著者:幸坂かゆり

【 総合オススメ賞 】
2015年度掲載作品の中で、「これはオススメ! 読んで欲しい!」と思える、
超ステッキーな素晴らしい作品に贈られる賞。

《 ☆ 星一つ作品 》
Mistery Circle Vol. 64 《 砂時計の住人 》 著者:幸坂かゆり
Mistery Circle Vol. 65 《 I Love You 》 著者:幸坂かゆり

《 ☆☆☆ 星三つ作品 》
Mistery Circle Vol. 62 《 咲き乱れる 》 著者:幸坂かゆり
【 読者コメント 】
・せつなさにやられました。こう言う愛もあるのでしょうね。
・文学ですね。不思議な感情に突き動かされる気がします。

《 ☆☆☆☆ 星四つ作品 》
Mistery Circle Vol. 61 《 Mind Dance 》 著者:幸坂かゆり
 【 読者コメント 】
・虚しさと優しさがたまらく感情を波立たせる。この作品は素晴らしい。
・なんなんだろう、この綺麗過ぎるバッドエンド感は。この作品だけは書く人を選ぶね。
  彼女だからこそ書けた作品なんだろうと思える。
・読み返して、そしてまたもう一度泣きました。心を込めての一票を贈らせていただきます。

【 三位 】 該当一作品  ☆☆☆(星三つ)
Mistery Circle Vol. 62 《 咲き乱れる 》 著者:幸坂かゆり
【 読者コメント 】
・もう題だけでぷわーっと世界が広がります。
【 作者コメント 】
・「咲き乱れる」に票を入れていただきありがとうございます。
物語の内容、登場人物の気持ち、すべてそのものを表したつもりです。
どこか中途半端な気がしましたが完成してからはとても気に入っているのでとても嬉しいです。

【 四位 】 該当一作品 ☆☆(星二つ)
Mistery Circle Vol. 64 《 砂時計の住人 》 著者:幸坂かゆり
【 読者コメント 】
・砂時計の使い方が上手いなと思いました。

【 五位 】 ☆(星一つ)
Mistery Circle Vol. 61 《 Mind Dance 》 著者:幸坂かゆり

【 ナイス名台詞賞 】
2016年度掲載作品の中で、印象の深かったナイスな名台詞に贈られる賞。

【 二位 】 ☆☆(星二つ)
Mistery Circle Vol. 61 《 Mind Dance 》 著者:幸坂かゆり
『狭いアパートの重いドアを開き、行儀悪く靴を脱ぎ捨てて部屋に入ると、ゆらめくように夜がやってきて部屋全体を闇が吞みこんでしまっていた』
 【 読者コメント 】
・台詞ではないけれど、この冒頭の一文には痺れた。
・この出だし、とても綺麗です。

Mistery Circle Vol. 64 《 砂時計の住人 》 著者:幸坂かゆり
『それ、きれいでしょう。魔法にかかってしまったのね』
 【 読者コメント 】
・こんな事言われたら買わずにおれなくないですか?素敵な一文です。

Mistery Circle Vol. 64 《 軌跡 》 著者:幸坂かゆり
『寂しさの真正面に立っちゃだめ。どうにかごまかして。そして生きて。生きてないと会えない』
【 読者コメント 】
・つらい毎日を生き抜く極意を鮮やかな筆致でさらりと。お見事です。

【 総合オススメ賞 】
2015年度掲載作品の中で、「これはオススメ! 
読んで欲しい!」と思える、超ステッキーな素晴らしい作品に贈られる賞。

《 ☆ 星一つ作品 》
Mistery Circle Vol. 64 《 砂時計の住人 》 著者:幸坂かゆり
Mistery Circle Vol. 65 《 I Love You 》 著者:幸坂かゆり

《 ☆☆☆ 星三つ作品 》
Mistery Circle Vol. 62 《 咲き乱れる 》 著者:幸坂かゆり
 【 読者コメント 】
・せつなさにやられました。こう言う愛もあるのでしょうね。
・文学ですね。不思議な感情に突き動かされる気がします。

《 ☆☆☆☆ 星四つ作品 》
Mistery Circle Vol. 61 《 Mind Dance 》 著者:幸坂かゆり
 【 読者コメント 】
・虚しさと優しさがたまらく感情を波立たせる。この作品は素晴らしい。
・なんなんだろう、この綺麗過ぎるバッドエンド感は。この作品だけは書く人を選ぶね。
 彼女だからこそ書けた作品なんだろうと思える。
・読み返して、そしてまたもう一度泣きました。心を込めての一票を贈らせていただきます。
【 作者コメント 】
・票を入れていただき、どうもありがとうございます。
 こちらは故・デヴィッド・ボウイ氏が亡くなったときどこか存在そのものが、
 この世のひとではないような不思議さを感じ、モデルにさせていただいて書いたものです。
 あのときのあの瞬間にしか書けなかったものだと思うので幸甚に思います。

《 ☆☆☆☆☆☆☆ 星七つ作品 》☆五つ以上はリンクが貼られる仕組みです。
Mistery Circle Vol. 63 《 涅槃の子 》 著者:幸坂かゆり
【 読者コメント 】
・罪の意識も何も持たない彼女の存在は憧れ。彼女の本来の棲み家は涅槃。
 この世の決まりごとなど知る術もない。美とグロテスクを意識しました。お気に入りです。
 掌編よりも短い物語なのでぜひ読んで欲しいです。オススメ!
・性と死。そんなイメージのこの作品。綺麗なのにグロ。禁忌なのに惹かれる。
 こう言う脆さが実に素敵。秀作です。
・とても落ち着いた筆致でありえない世界をしっとりと描きあげてくれる筆さばきがすばらしい。美は残酷さを内包してこそ輝く、そしてその輝きを閉じ込める尺の短さがいつもとてもぴりっとしていていい。

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…何ということでしょう。下書きに入れっぱなしにしたまま、忘れておりました。
なんかもうよっぽど電池が切れていたんでしょう(笑)
かなり遅くなりましたが載せます。はい。 

随分と時間をかけている「微エロ?で32のお題」ですが、
幸坂小説ブログ「L'oiseau Blue」にて28作目を更新いたしました。
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Planet Love
http://blog.livedoor.jp/y_yukisaka/archives/52268810.html

かなり時間が経っておりますので説明をいたします。
こちらは32個の小見出しのような短いお題があり、
そこから物語を膨らませて小説を書くというものです。
しかし当事(2006年頃?)投稿していたサイトが閉鎖。
その後、あまりにも私がゆっくりしているうちにお題元サイトも閉鎖。
途中まで書き上げたサイトは表示もされなくなってしまい、
タイトルやキャッシュなどで探し回って見つけ出し、
拙ブログに掲載し直しました。その頃の私はコピペというものを知らず、
いつもぶっつけ本番で投稿していたので下書きが残っていませんでした。
そんなこともあり2006年とは書きましたが、年月日については既に定かではありません。

そんな博打的な書き方をしていたことと、あまりにも時間をかけてしまったことで、
恐る恐る1作目を読み返してみると、書き方はもちろん感覚や思想というのでしょうか。
そういうどこか表現の仕方が違うため読んでる途中で激しく赤面しました。酷いです。
作者本人が赤面するくらいですから読者の方はもっと赤面すると思います。
そんな訳なので初期のお題小説はもう無視してください。
もっと言えば読まないでください!なかったことにしてください!(笑)
今はコピペ、下書きなどパソコンの基本は何とか憶えたので大丈夫です(今さらか)

今回は32作目中28作目、テーマは「撫で回す」でした。
撫で回す、という言葉から、うわエロいと普通に感じましたが、
32のお題当初のテーマである「微エロ」という部分をどんどん省きたくなり、
何作目からか、お題の言葉そのものは使用するとして物語は勝手に書くようになりました。
今回の「Planet Love」では舞台を冬に設定し、
「撫で回す」のは手の冷たさをほぐす、という描写になりました。
そしてここのところ、遠ざかっていた恋愛のジャンルになり、自分で驚いています。
少々SF風味ではあるかも知れません。慣れてませんが(あかん)

次回29作目のテーマは「愛撫」です。
何となく今回と被っていると思うのですが、自分なりに言葉の違いを解釈して、
一生懸命書いていこうと思います。
あと4作!とか一丁あがり!という書き方はしたくないのですが、
さすがにもう10年以上経っていると、書きたいものも興味も変化しているので、
できるだけ早く、書けるうちに終了できるのを私自身望んでいます。
もしもひとりでも読者の方がいてくれるなら幸甚に存じます。ぜひ、ご一読ください。

※上画像はTumblr
  『Sundiamonds of Life』 http://sundiamonds.tumblr.com/  より。

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